35話
「ねぇ、徹ちゃん」
「なに?」
「それ、何?可愛いボール」
「え、可愛くないよ!かっこいいんだよ!」
バレーボールに興味を持ったのは何故、いつ頃、なんてこと覚えてない。
まだ何も出来ない、ボールを持ってるだけの俺にかっこいいかっこいいと連呼してたあいつ。あんなふうに小さな公園でキャッキャと笑う瞬間などもう来ないだろう。
「徹ー」
「…………はーい」
「寝てるのやー?ご飯よ!」
「んー」
「聞いてんのー!?」
「聞いてるよ!!」
ああ、テスト勉強してたはずなのにいつの間に寝てたんだろうか。
ご丁寧に寝やすいように組まれた腕の下には数学の教科書がこれまたご丁寧にしわくちゃになっていた。#name2#との夢というか、なんというか回想みたいな。あの頃は本当に可愛かったな、お互い。あの岩ちゃんでさえ可愛かった。誰が現れようともきっと俺は#name2#しか、見えないのだろうな。
まぁ、そんなの今だけの感情だろう。#name2#以上にカワイイ子だって性格イイコだって出てくる。でも、今はあいつしか見えない。
「恋は盲目ってこういうことかー……」
「あーんた何言ってんの」
「いや、何でもありません」
「#name2#ちゃんのこと好きねー」
「は!?誰が#name2#だって!?」
「え、だって徹、昔っから#name2#ちゃんのことばかりだから。話すことも一くんと#name2#ちゃんのことばかり。好きなんでしょう?ってやだわ、自分の息子に……野暮な事言っちゃったわね。ごめんね〜」
本当に謝る気あんのか、そんなこと言えるわけもなく、昔を思い出す。子供時代、俺はそんなに#name2#の話をしていたろうか。
「……してた?」
「何その間」
「え、覚えてない。」
「……あはは、まぁそんなもんよ」
ケラケラと笑って食洗機に食器類を突っ込む母は悪びれもなく風呂場に向かって歩いていく。
「俺、なんで#name2#のこと……」
―好きになったんだろう
バレーボールと同じで、きっかけなんか思い出せない。そんなに昔から好きだったろうか。いや、そんなことない。小学校の時、好きだった女の子は#name2#じゃかった。
ああ、でももしかしたら小学校の時から好きだったのかもしれない。でもまぁ、所詮小学生。好きだとかわかるはずがない。
「あー、だめ。頭ぐちゃぐちゃだ。母さん」
「何ー?」
風呂場に少し反響して母親の声がくぐもって聞こえた。
「ちょっと外出てくる」
「 早く帰ってきなさいよ。なるべくね」
「わかってる」
パーカーを羽織って、左手にはバレーボール。靴を履いて外に出る。夜は結構涼しくて気持ちがいい。
「「あ……」」
及川、岩ちゃん、と言った後にため息をつく。まさか、この時間にまで合うなんて流石に運命感じるよ。幼馴染みはすごいね。でも、俺的には岩ちゃんじゃなくて#name2#がよかったな。
「テメェ、今俺じゃなくて#name2#なら良かったとか思っただろ」
「え!?そんなことないよ!」
「嘘つけボゲェ」
「何で怒るのか俺わかんないんだけどッ」
「あ?んなもん、お前のツラ見ていらっと来たからだろ」
「理不尽!」
でも、本当に#name2#に会いたいな。
「会いに行くなよ」
「え?」
「アイツには会いに行くな」
岩ちゃんのその顔が本気で、何も言えなかった。あまりにも怖いその顔に笑い飛ばすことが出来なくて、すごく重たい空気が流れる。
「お前は会いたくてもアイツは少なからず会いたいと思ってねえよ。お前はお前の、アイツはアイツで、それぞれの生活もある。それを崩そうとするな」
それは、今までのことも含めて言ってるのですか、岩ちゃんや。もう俺、何がしたいかわかんない。多分、#name2#への想いは忘れた方がいい。無理なことだけれど、でもそうでもしなきゃきっと俺が、壊れる。
「……わかってるよ」
「ならいいけどよ」
走り去っていく岩ちゃんの背中を見て悔しいと思った。きっと岩ちゃんは俺と#name2#のこと全力で考えてくれてる。でも、それでも辛い。岩ちゃんの口から出てくる言葉は少しばかり痛いや。