32話

キィィイン、と耳に響いたのは一の電話越しの声なわけで。

「一……耳が……ッ」
《あ、わり……じゃなくて。は?好きな人ができた?は?》
「なんでパニクってるの」
《なるだろ……》

何か変な声を発している中、なんやだか悩んでいた自分が馬鹿みたいに思えてきた。ため息が聞こえた瞬間、自分もため息を付きたくなってしまった。

「一さんや」
《 なんだよ》
「一は私のお父さんですか」

向こう側での咳払いに謝りつつ携帯を握る手に力を込める。

「『恋』だとか、人を『好き』になるとかよくわからないけどさ、多分私は少なからず及川徹という人間が好き『だった』んだと思うよ」
《一丁前に何言ってんだ、ばーか。んなもん……》
「え?なんか言った?」
《何でもねぇよ、ボゲェ》
「酷いなぁ」

バカと、ボケを同時に食らって、一からのその久しぶりの言葉にどうしてもニヤニヤしてしまう。声だけじゃ、なんだか寂しい。あって話をしたい。沢山話したいことがあるのだ。学校のこと、友人のことや部活のこと。それに、球技大会の話。

「会いたいなぁ」
《また来いよ。今なんか電車乗ってればすぐ着く》
「そうだね、うん。また行くよ」
《おう、お前の好きなもの買っといて待っててやるよ》
「本当?じゃあさ、スタバでいいよ」
《簡単に言うんじゃねぇよ》

タイミングが悪いのかいいのか、チャイムが鳴った。一のほうもチャイムが鳴ったようで、声が聞こえた。お互いにじゃあ、と告げて電話を切る。一からの最後の言葉がすごくすごく心に響いた。

―お前が何しようがどうなろうが、応援してる

それだけで、私の心は少しスッキリするのだ。


。。。

「あー、くそ」
「岩ちゃん、電話してたの?」
「まぁな」
「相手は?#name2#?」
「ああ」

#name1#が言ってた言葉かずっと頭の中を回り続けていた。

―『恋』だとか、人を『好き』になるとかよくわからないけどさ、多分私は少なからず及川徹という人間が好き『だった』んだと思うよ

だった、と言うのはもう100%と好きでないということだろう。現に好きな奴ができたと電話をしてきたのだから。
俺の幼なじみは何故こんなにもど阿呆で、バカでマヌケで、不器用なんだ。
そんなことを思いながら髪の毛をくしゃりと握る。

「岩ちゃん?どうかした?眉間のシワすごいけど」
「……テメェのせいだよ!」
「ええ!?理不尽!!!」

無駄に長い足を蹴り飛ばした彼はため息をつくのだ。幼なじみ二人のことを思い、そして悩む必要が無いのに悩む。それほど、ふたりが大切だった。
幼い頃からずっと一緒にいて、気がつけば#name1#は徹徹、と言って笑って及川について行っていたのに。今では、その面影はどこにもない。

なぜこんな事になってしまったのか。もしかしたら、自分がいるからではないか。そんなことを考えたことはあった。

「 なー」
「んん?どうかした?」
「何でもねぇよ」
「え、めちゃくちゃ気になるんだけど!」
「何でもねぇって言ってるだろうが!」
「ああ、酷い!」

―あっはは、また殴ってる殴られてるー!私この光景好き。徹がいい顔してるよね〜
―イケメンって?わかってるよ、それくらいさ
―ナルシストやめてよ……ねぇ、一
―キモイのは慣れしかねぇだろ
―え、二人とも本当に酷いよ、ねえ!
―あははは!徹のその痛がってるは顔が面白いって言ってるんだよ
―え、なにそれ!

中学一年生の頃、だったろうか。こうやって話している時も必ず真ん中に彼女がいたのに。きっと悪いのは及川もだが、自分自身も悪い。何も言わなかった、こんなことになるなんて誰が想像した。少なくとも、把握出来ていなかったしこんな仲に二人がなるなんて思ってなかった。

「……馬鹿野郎」

その言葉は自分自身へ向けて。

「もう、岩ちゃんさっきからちっさいよボリューム上げてよボリューム!」
「お前はもう少しそのボリュームとやらを下げろ」

今度は彼の頭をド突くのだった。

「んなもんわかってたよ」

無邪気に笑っているここにいるはずだった幼なじみを思い浮かべて苦い顔をした。
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -