25話

きっと今日も出ない。そうわかっていながらも通話をしようと携帯を操作する。画面には#name2#。苗字なない、名前だけの表示。その画面をじっと見つめて、発信中という文字を指でなぞり耳元に電話を近づける。


《 もしもし》
「え、出た!?俺、及川!」

久しぶりに聞いた幼馴染みの声はいつもどおり、抑揚のない、それでも懐かしくて胸が熱くなる声だった。


《わかってるよ。どうしたの》
「いや、あの、声聞きたくて……元気?」
《普通》


その普通な切り返しに余計に懐かしく感じて頬が緩む。目の前にいる岩ちゃんの顔が険しいものから安心しているものに戻る。いや、顔は怖いまんまだけど、それでもきっと安心したというかホッとした顔になったと俺は思う。


「そっか。あ、おばあさんは?元気?」
《元気。それだけなら切るけど……》
「え?ああ、えっと……そっちはどう?楽しい?」
《うん。楽しいよ》


切られたくない一心で話題を無理に作って振る。#name2#が電話の向こうでどんな顔をしているかはわからないし、知らない。それに、誰といて何をしているのかもわからない。ただ、この時間帯なら部活に向かっていると思ったから電話した。この時間なら空いているだろうと思ったから。


《楽しいって顔じゃねぇけどな。ぶふっ》
《鉄朗、うるさい》
《悪い悪い》


誰かといることなんて、予想はしてた。でも、それが異性というのは全く考えになくて、柄にも無く焦った。そして、名前に聞き覚えがあると思ったら冬、バレンタインデーに電話がかかってきた時に読んでいた名前だと気付いた。ああ、あの時はまだ苗字呼びだった記憶があるのにね。いつの間にか、そのテツロウという人に取られてしまった。
俺の、大切な子。
もう、何を言ったらいいかわからなくて思わず口走っていたのはバレーの話題。


「 バレー、してる?」
《してるよ。違う形でも、してる》
「そっか。なら、俺は満足」
《?》
「お前がバレーを嫌いにならなくて」
《何言って……》
「#name2#がバレー嫌いになったら岩ちゃんも俺も悲しいからさ」


思っていたよりも悲しそうな声が出た。いや、俺は悲しかったんじゃない。#name2#がどんどん俺を置いて行っているような気がしたから、寂しかった。縋るような声だったと言ってもいい。
俺は、#name2#が前に言った通り、傍においておきたかった。お前じゃなきゃ、#name2#じゃなきゃ、ダメなんだと気付いたよ。他の女の子じゃ、ダメなんだ。だけど、お前は俺を置いていくんだね。


《ありがとう》
「え?」
《バレー、教えてくれて》


久しぶりに、#name2#の笑った顔が頭に鮮明に浮かんだ。


「……どうだった」
「んー、元気そうだったよ」
「途中で絶望的な顔してたぞ」
「あー、それね、まぁ、ほっといたげて」


俺はね、お前に笑っていて欲しかったんだ。本当に傍にいて欲しかった。それが、どう言う意味かは今更言ったって遅いことくらいわかってる。それでも、俺はお前不足で死にそうなくらい辛いよ。
#name2#はきっとそうでもないんだろうね。岩ちゃんにだけ連絡をしているのも知ってる。俺にはしてくれない理由くらいわかってる。
だけど、俺はそれを見てみない振りしてたんだ。この間、ずっと悩んでてようやくわかったよ。


「#name2#のばーか」
「バカはてめぇだよ」
「いだだだだ!岩ぢゃん、耳いだいから!」
「ああ?耳が偉大だと?」
「ぢがううぅ」


俺なりに考えて、岩ちゃんから俺に目を向けて欲しくてとった行動は、きっと彼女を傷付けたんだろうね。それに今更ながらに気づいた俺は確かに馬鹿だ。
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