16話
「はーい、おはようございまーす!」
山内先生の元気そうな声とは裏腹、生徒たちは眠たげな声だ。それは私も然り。眠たくて仕方が無い。何か、帰ってから泣いてしまった理由と謝らせてしまったことについて恥ずかしくなってしまい寝れなかったのだ。結局寝れたのは日が変わった頃だった。
「あれ、元気ありませんね」
眠たいと言えば田中先生からの怒鳴り声。ちゃんと寝ろと怒鳴り散らして椅子にどかりと座る。ヘロヘロナヨナヨした父とは真反対の元気ですかーとか聞き出しそうな性格をしている。昔のプロフィールを見るとボクシングのプロだったらしい。通りで体格が良いわけね。
「#name1#、朝比奈、おはよう」
「おはよう、夜久」
「おはよう、夜久くん。昨日はよく寝れた?」
「ああ。朝起きたら黒尾が横に寝てた。すっげー格好して寝てんの、こいつ」
「ちょ、夜久」
眠たそうに夜久の隣で目をこすっていた鉄朗が夜久の頭を鷲掴みにしぶんぶんと振っていた。それをしている時に思ったのは身長差すげーという失礼極まりないこと。多分夜久が聞いたらぶっ飛ばされてしまうだろう。
「枕二つも使ってると思ったら頭はさんで寝てんの!」
「え、夜久それ写メってないの?」
「写メってる。バッチシ」
「いい笑顔だねー」
親指を立てて笑う夜久に後で見せろと約束する。その時の鉄朗の顔と言ったら笑えるものだった。梨花もそれを見て笑って、珍しく焦った鉄朗が見れて面白かった。
「さて、今日は男女ペアに別れてもらってこのアトラクションの数々を助け合ってクリアしてもらうというものです。さあ、ペアを組んで」
その瞬間、同じクラスの女子生徒がこちらを向く。集中して見られているのは、多分私の隣の鉄朗と夜久に視線が集まっているのだろう。夜久の隠れファンは多いと思う。理由は簡単。小さくて可愛いから。こんなこと言ってしまえば殴られてしまうが、そこが可愛いと人気のようだ。
「り、梨花どうしよう」
「そうだね。弾かれちゃったし」
多分鉄朗も夜久も適当な子と組むのだろう。と言うことで私も梨花も近くにいた人と組むことに。
「あれ、黒尾くんと夜久くん来るよ」
指さされたそこを見ればクタクタになった鉄朗と夜久の姿。隣に女の子の姿はない。二人で話していて、その後ろには項垂れた女の子たち。一体何を言ってあそこから逃れられたのか不思議なのだが、指差すな指。私たちに指さして何か言っている。聞こえないけれど。
「ええ!?何て言ってるのッッッ!!」
「多分あっちにも聞こえてないよ」
「あはは……」
指さしながら大声で今度は梨花と私の名前を呼ぶものだからペアの男の子と一緒に近寄ると腕をひかれる。
「「俺と組むって約束してただろ!」」
「「へ?」」
男の子にごめんと謝って鉄朗と並ぶ。顔を見上げればニヤリと笑っている。ああ、楽しそうだなぁと思う。クラスの女の子は鉄朗と私、夜久と梨花を見るとヒューヒューと唇を尖らせ口笛を吹く。冷やかされて顔が少しだけ熱くなった。
「聞いてないよ」
「いいじゃん、お前も俺と組めて良かったろ?」
「え、そんなこと一つも思ってないけど」
寧ろ、厄介な人とペアになったなぁと思っている程だ。同じクラスの女子のように優しいこばかりでは周りはできてないだろう。でも、鉄朗の隣にずっと立っていたいな。例え、右側に違う子がいても、左には……ううん。嫌だ、鉄朗の隣に誰かが立っているのは。
「これって」
ああ、多分憧れなんだ。それと重ねてる。
あの人に重ねて、失礼なことばかりしてる。この間だってそう。手を伸ばしてくるその姿に重ねて、拒絶して。何してるんだろう。結局、依存していたのは私なのかもしれない。
「徹、か」
「何か言ったか?」
「何でもないよ、いこう」
あの人のことが好きだったから、だから、周りの女の子と同じ扱いだったことが嫌だったんだね。何だ、難しく考え過ぎてた。答えなんてすぐそこにあった。もうそんな思い忘れて、ただ嫌いになってた。私は、もうあの人を好きになることはないのだろう。気づいた時には終わってたな、私の初恋。初恋は実らないって本当だったんだな。
「おう」
今は好きとかそういうのはいらない。ただ、私は私に笑いかけてくれるそんな人が隣にいてほしい。胡散臭い笑なんかじゃなくて、見てるこっちも嬉しくなるような笑。たまに見せてくれるだけでもいい。私は、及川の笑顔が大好きだったんだ。だから、及川が笑わなくなって、飢えてるんだ。
「鉄朗は笑っててねー」
「は?何言ってんの、俺いつも笑ってんじゃん」
「うん、だからそのままでいてね」
「?変な奴だな、お前」
「酷いなぁ」
先に行ってしまった夜久と梨花の背中を追いかけた。