短編 | ナノ
たとえ君が僕を忘れても、気にしないよ

彼女がおかしくなったのはいつ頃だろうか。彼女が両親を見て誰と言ったのはいつだったか。


「あ、きよちゃん」
「はよ。元気か?」
「もうもりもり。退院できるんじゃないかなー?」


いつ忘れられるかビクビクしていた彼女の両親。きっと、幼馴染の俺より後に忘れるんだろうと思っていた。でも、現実は違った。


「きよちゃん」
「んー?」
「あのね、あれ?何だったかな……ほら、きよちゃんの部活」
「バスケ?」
「そう!それ!どう?楽しい?」


お前もやってたじゃん。お前も毎日汗水たらして俺らのこと応援してくれてた。高尾やあの緑間も懐いてて、お前の名前を連呼してたよ。毎日毎日高尾なんて泣きそうな顔でお前の様態を聞いてくる。


「……ああ、楽しいよ」
「そっかぁ。あ、ねぇねぇ。退院したら私もできるかなぁ?」
「できるよ。だから早く」


―思い出せ


何て、たったの四文字さえも言えない。いつだったか、お前が忘れ始めたのは。合宿ぐらいから、戦った相手の顔なら絶対覚えていたお前が黒子や火神の顔を忘れ始めた。でもその前にも備品の場所や補充を忘れていた。次に名前。次にバスケのルール。次に、部活の仲間。ついには、両親。
次は俺かと思うとゾッとした。だけど、コイツの前では笑っていようと決めたから笑う。


「きよちゃん、きよちゃん」
「どうしたー?」
「これ今日ね、あれ、名前忘れちゃった。高島くんだったかな?」
「高尾?」
「そうそう!高尾くんからもらったの」


名前の小さな手のひらには銀紙に包まれたチョコレート。
部活内で一番初めに名前の記憶から消えたのは大坪と木村、その二人だった。その次に担任の顔。名前。大坪と木村は顔で止まったが、いつしか名前はクラスの奴らの名前も担任、今まで会った人間、芸能人。全て忘れていった。
部内で結局最後まで残ったのは高尾と俺。でも、高尾のことも忘れてしまった彼女はもう高尾の名前を覚えることも顔を覚えることもないだろう。


「きよちゃん」
「んー?」
「そのね、チョコくれた子」


もう、名前を忘れたのか。


「泣いてたんだ。私のせいかな」
「…………そっか」
「うん。ごめんねって言ったらごめんねって言われたの。何でかなぁ会ったことある子だったのかもしれないなぁ」


名前は自分が病気だったことに気がついていない。勿論、今まで消えていったことに疑問を抱くことも。何もなく彼女は生活しているのだ。


「名前」
「なぁに?」
「たとえお前が俺を忘れても、気にしねぇから」
(たとえ名前が俺を忘れても、俺は名前を忘れないから)

そう言った次の日、彼女は俺のことを忘れていた。


「だぁれ?」
「俺?俺は宮地清志。お前の名前は?」
「私?私はね名前忘れちゃった。また聞かなきゃ」
「忘れたのか?よしいいか、ここに書くぞ?お前の名前は苗字名前だ。覚えたか?」
「うん、ありがとう。えっと―」
「宮地清志だ」
「じゃあ、きよちゃんだね」


病室を出て、笑顔の仮面が外れた。名前の両親も、俺の両親も、察してくれた。もう彼女の中に俺はいない。
彼女の中には誰も、いない。



title:確かに恋だった様より
。。。。。。。。。。。。。
アンケートに宮地さんの名前があったので書きました。
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