「ねぇ、黄瀬ー」
「ん?」
「はい。はっぴーばれんたいんでー」
「感情こもってねぇー、棒読みっスよ」
「貰えるだけでも喜べと言いたけどお前、今日いくつ貰ったんだ?」
何か、紙袋三つぐらい持ってるけど。いや、あんまり気にしてないんだけど隣に立っててすっごい匂いするし、女子には睨まれるし。あんまりいいことないな、バレンタインデー。
「うーん、100個近く貰ってんじゃねぇっスかねぇ」
「うっわぁ、全世界の男の敵だな、お前」
「そうっスか?」
「そうだろ、絶対に」
体育館着付けば取り敢えず押しかけてくる女子の群れ。もう、本当に群れでいいと思う。
……こんなにたくさんの女の子に貰ったらもう私があげたブラウニーなんて奥底に消えて、食べ切られずにポイ、と捨てられてしまうのだろう。そう思うと悲しくなるな。
「先行くよ、黄瀬」
「え"、待ってよ!」
「頑張れ」
体育館の扉を開けばゲッソリとした笠松先輩。それに森山先輩はゲンナリしてる。お疲れ様、何て思うけど女子から見れば別に何も思わない。貰ってなんぼじゃねぇの?とか思う女なんで、私。
「笠松先輩、はい」
「は?」
「投げますよー取ってくださいね」
「え、ま、待て!」
「3、2、1発射」
あんまり近寄ると余計にストレスになるから遠くからチョコをなげる。先輩とか黄瀬以外はみーんな大量生産したチョコ。
黄瀬は、特別と言ってしまったら彼は離れていくだろうか?周りの女の子と同じだと。それだけは嫌だから、この場に黄瀬がいなくて好都合。
「はい、森山先輩、小堀先輩、早川先輩と中村先輩も」
「おお!ありがとうな!」
「いいえ、どう致しまして」
それから部室に入って準備。黄瀬がきたらきっと直ぐに笠松先輩がシバいてから部活がスタートする。だから、素早く準備しなきゃ。
「はぁ〜、疲れたっス」
「お疲れ。シバかれた?」
「当たり前じゃないっスか!」
「アハハ、頑張れ」
部室に入れ違いで入ってきた黄瀬の背中を叩いて先輩の元まで駆けた。部活、スタート。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
「お疲れ様でしたー」
そう言って体育館を出る。
今日は部活を始めるのが遅かったから、そういう理由で大半の人は残っていた。でも、流石にこれ以上はそう思ってお先に失礼したのだ。
真っ暗な外は少し冷えた。
「名前っち!!!!!」
「 ……黄瀬?」
「な、で!」
「は?何て?」
大分歩いてもう正門から出ようとした瞬間、名前を呼ばれて驚いていたりする、実は。だって、黄瀬は今自主練習中で、ここにいるとは思ってなかったから。
「何で 」
「何が」
「俺のはブラウニーで先輩たちには普通のチョコなんスか?」
誰か部室で食ったな。
「森山先輩が食ってるの見て」
「おい、部室で食うな」
「そんなことより!」
いや、私もそんなことよりって思ってるし、めちゃくちゃ焦ってるからね。食うな、ってくぎさしとけばよかった。いやもう打ち込むくらいの勢いで。
「黄瀬の分だけ無くなったから」
「でもこれ市販じゃないっスよね」
「家族用の余ってたから」
「何で俺なの?」
「え、同い年で仲良くて渡しても何にも文句言わなさそうだから」
我ながらうまい嘘だと思う。だって、どうせ本命には頑張ったもん入れたいじゃん。何て言えるわけもなく。
「それ本当?」
「うん、本当」
「俺の早とちりかぁー」
「ん?何が?」
「俺の事名前っちは好きなのかなぁって。結構嬉しかったのに」
「は?」
ニコリとキラースマイルを浮かべた黄瀬は私を見て驚きの言葉を言ったのだ。
周りにあまり人がいなくてよかった、主に女子。
「俺、名前っちのこと好きなんスけど」
「はぁ!?私?こんな男っぽい女のおの字も出ないような私が!?」
「男も女も始まりはお、っスよ」
「うるさい!なんで私!?」
「え、うるさいって酷いっスね」
ケラケラと陽気そうに笑う彼は私の慎重に合わせるように腰をおり、私をのぞき込んだ。
「な!?」
「好きに理由いるんスか?」
「何そのキザなセリフ」
「嘘っス。ちゃんと理由はあるって」
正直ドキドキしてて、でも悟られたくなくて顔はポーカーフェイスを保ちたい。あくまで願望ね。もう既に崩れかけてるというか、崩れているというか。
「サバサバっとしてるのが好き」
「時たまイケメンだし」
「一緒にいて楽」
「楽しいし」
「話尽きないし」
「いいマネージャーだし、それに」
「もういい!もういいから、わかったから!」
つらつらと並べられるその言葉たちに顔に熱が集まって顔をそらした。一歩下がって黄瀬の頭を叩いた。笠松先輩的なノリで。
痛そうに顔を顰めている。
「よし、黄瀬。今返事返」
「え、今?今はちょっと」
「遮んな、ワンコ!」
「ええ!?」
「好き」
「は?」
「じゃあ、帰る」
固まった体にムチを打ち、くるりと体を反転させ、黄瀬から逃げるように走り出した。そりゃもう、全速力で。
「待って!待てぇぇえ!」
「ちょ、なんで来てんだよ!?来んなぁぁ」
「せめて感想言わせろ!」
「何の!?」
「美味かったって言ってんスよ」
そんなに大して大きい声ではない筈なのに私の耳にははっきり聞こえた。美味かったって聞こえた気がした。もう一度聞きたくて、立ち止まる。薄情な女でもいい。でも、好きな人から告白までされて、あげたものを美味しいと言ってもらえれば幸せ者だ。
「本当?」
「ほんと!」
体全体を抱きしめられて、黄瀬の胸に顔を埋める。少し湿ったユニフォームを握ってはたと気づく。
「風邪引く!」
「え、平気っスよ?」
それでも、選手の身に気を使うのは当たり前のことで、首に巻いていたマフラーを取り、黄瀬の首に巻き付けた。
「風邪ひいたらダメだから」
「そっスね。それで?」
「え? 」
「返事、俺最近耳遠くて聞こえなかったんスよ。もっかいいって?」
手招きして耳元にまるでひそひそ話をするように返事してやった。
「好きっつってんだよぉぉぉぉおおお!」
大声で。
「ぎゃぁあぁああ!?いってぇ!いたっ、え?いたぁぁあ!」
「どう?聞こえた?」
「当たり前じゃないっスか」
冬、冷たいはずの唇に暖かいものが触れて離れた。それが名残惜しくて、もっと暖かみを感じたくて。
「もっと」
そう口を開いている自分がいた。
ホワイトデー楽しみにしてる、そう言うのも忘れずに私は黄瀬と別れた。
唇に触れるともう冷えて冷たい筈なのに、暖かく感じてバレンタインデー万歳、なんて思った。どこかの会社の戦略でも、作ってくれたことに感謝した。