短編 | ナノ
接点は本。

私は図書委員で、受付に座っていて

彼は本をいつも読んでいて

私たちの接点は本の貸し借りの時の会話のみ

それも、お願いします

期限はいつまでっていうそんな業務的な会話


「お願いします」


「はい」


名前が書いてあるカードを提示してもらう。そこでようやく名前を知ったのだ。知ったのはついこないだ。
黒子テツヤ
これが彼の名前。


「テツくーん」


「桃井さん」


あ、美女。そう思ったときには彼女は黒子テツヤくんに抱き着いていた。
付き合ってるんだ。何だ、彼女持ちか。


「期限は2週間、この日までです」


木製のブロックのカレンダーを指さす。そのカレンダーは今日の日にちじゃなくて2週間後の日にちが書いてある。


「あ、ありがとうございます。桃井さん、何ですか」


ポーカーフェイスだなぁ、黒子テツヤくん。
去っていってしまった彼の背中を見てため息をつく。あんな美女の彼女か……。適わないな。あんなに胸ないし。


「……つまんないの」


そう呟いた時にはもう次の人の名前を見ていた。


***


「お願いします」


「あ、はい」


いつも決まって黒子テツヤくんが本を返すのは私がここに座ってる時。
本は読みに来るみたいだけど、借りもしないし返しにも来ないらしい。


「ありがとうございます。……あの」


「?」


「な、名前は……何て言うんですか?」


いつものポーカーフェイスが崩れていて、顔を赤く染めている黒子テツヤくんが可愛かった。


「苗字名前です」


「あ、黒子テツヤです」


「うん、知ってるよ」


「え?」


いつも見てたから、なんて言えなくて。


「カードに名前、書いてあるでしょう?」


ここ、帝光は貸し漏れや返し漏れがないように電子カードに名前とクラスが入っている。バーコードを読み取ればパソコンに名前とクラスが出る。それに今借りてるかもしれない本も。


「あ、そうですね。……あの、」


「まだ何か?」


「本はお好きですか?」


……えっと、これはどういう状況なんだろう。


「あ、はい。好きじゃなきゃ図書委員なんてしないでしょう?」


「確かに」


口を閉ざしたまま何も言わないのに目の前に立ち続けられるのはとても恥ずかしいのですが。
私はこの席から遠目に黒子テツヤくんを見るので十分だったのに。
でも、本を返却しに来た人がいたからか黒子テツヤくんは頭を下げていつもの位置に戻っていった。


「お願いね」


「あ、うん」


同じクラスの友達数人が来て本を返す。それが終われば直ぐに黒子テツヤくんを見る。別にストーカーとかじゃない。
やらなきゃいけない仕事はきちんとしているし、ずっと見てるってわけでもない。彼は影が薄いからいるかどうかの確認をしているだけ。


「苗字さん」


「先生。どうかしましたか?」


「いま苦情が来てね、どうやら本の場所がところどころ違う場所に返されてるらしいのよ。直してきてくれない?」


「でも、受付が……」


「その間は私がしておくわ。お願いよ」


黒子テツヤくんが見れなくなるのが嫌で少し小さな抵抗を試みたものの意味をなさず、結局私は片付けをしなくてはならなくなった。


「もう下校時刻になる……はぁ、明日もしなきゃいけないのかなぁ」


「苗字さん」


「……黒子テツヤくん」


「え?なんでフルネーム何ですか?」


「じゃあ、黒子くん。何でこんな時間まで?いつもはもう少し早く出ていってるでしょう?」


この言葉を言ってあ、しまったな、そう思った。なんで知ってるの的な顔されてしまったから。そりゃ、ただの受付カウンターに座ってるだけの女が知ってたら気持ち悪いかもしれない。


「あー、違うの。ずっと見てたとかじゃなくて……」


「違うんですか?僕はてっきり見てくれていたのかと思ってました」


「んん?」


手伝いますよ、黒子くんは横から先生に渡された紙を見る。本の題名と、数字が書かれているそれを見つけるのは一苦労。
それを彼は難なく見つけたのだ。


「これですか?」


「あ、これもですね」


「この本はこっちの棚に……」


なんて意外と彼は喋っていて驚いた。あまり喋らなさそうなイメージを持っていたのに、本のことになるとよく喋るのだろうか。


「黒子くん、ありがとう。おかげで終わったよ」


二人でやればすぐに済んだし、黒子くんがすぐに見つけてくれたおかげで思っていた以上に早く終わった。
最終下校時刻は守れそうだ。


「黒子くん、ありがとう」


「いえ。……僕も――」


「何か言った?」


「……見返りを求めているわけではありませんが、今度一緒にブックカフェに、行きませんか?」


「―――!!!??」


声にならない悲鳴をあげました。夕日に照らされているからか、それとも彼自身がそうなっているのかはわからないが、顔を赤くして足元を見ている黒子くん。
私も絶対に顔が真っ赤だ。


「いいけど……桃井さんは、いいの?彼女でしょう?」


「違いますよ、桃井さんは部活のマネージャーです」


「本当に?」


「はい」


「行きます。お願いします」


もしも私に女神が微笑んでくれてるなら、今日帰って手を組んでお礼を言うだろう。


「!本当ですか?」


「うん……ふ、二人?」


「はい。僕の周りにはあまり本好きの人はいなくて」


何でも話が会いそうな人を探していたのだとか。
接点は本。
私の一方的な片想いでもいいって思ってたけど、もう少し求めちゃってもいいですか?



「テツヤくん」


「はい?」


「好きだよ」


「!僕もですよ」


そんなこともあったなぁと今テツヤくんの手を握ってて思い出す。


「テツヤくん。私達の出会い方、覚えてる?」


「勿論ですよ」


「懐かしいね」


「……ええ」


そう言って手に力を込めてくれる君が隣に立っているのが嬉しくて、自然と笑みをこぼした。
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