よん
『諦めるに、決まってるじゃん……』
一人、車の中でそうつぶやく。
シートを倒して寝転がった。マネージャーの山岸さんにも何も言わなかった為、今頃カンカンに怒っているだろう。病院だったから携帯の電源も切っていた。
案の定電源を付けるとメール18件、電話33回。メールは最初はちゃんと書いてあったが途中から件名にしか書いておらず読む気もなくなり削除をした。
電話は無視。メールでどこにいて何をしているかだけ書いて送った。再び携帯の電源を切る。
『……痛いんだよね、緑間くんの言葉って』
痛がゆい。その表現の方があっているのかもしれない。
痛いところを突いてきたり、たまに嬉しいことを言ってくれたり。でもそれは私とって苦にしかならないもの。
言って欲しくない言葉をズバズバ言うため彼の頬をひっぱ叩きたくなる衝動がつい走る。
『……はぁ、さて、行きますかね』
先程も言ったように忙しい。
この言葉に限るのだ。
****
「もう!あなたまたどっか行って!みなさん忙しいんですよ!」
『……すみません。友人に会いに少し……』
「あなた少しは自覚してくださいね?自分が今どの位置に立っているのか?」
位置って何?
自覚しろってどういうこと?
ここの世界は私が思っている以上にシビアで息苦しい場所だった。
自由に自分で何かができるわけじゃない。
『うん、わかってるよ。わかってます、山岸さん。ごめんね?』
「可愛く言ってもダメですよ!あなたはその容姿なんだからすぐバレるんですし……」
『うん。それも重々理解してるつもり』
少しでも血色を良くしてもらうためにチークはいつも濃いめ。でも、濃く見えないようにするのがメイクさんの担当。
スタイルがいいからとモデルをしたことがある。ウェディングドレスだった。
ウェディングドレスと言えば私の中では白のイメージだったが赤や黒、青などを着せられた。白が良かったのに似合わないからと色の濃い色を着せられた。
私は濃いものしか似合わない。香織さんみたいな綺麗な白は似合わない。
『やっぱり濃いなぁ……』
「濃く見えます?」
『あ、違います!大丈夫ですよ』
「そう、ならいいんだけれど……」
手を止めさせてしまった為謝ると彼女は笑って作業を再開した。
盗っちゃうよ、そう思うと私は香織さんから見ると悪者になるのかもしれない。
『山岸さーん』
「はい?」
『略奪愛ってどう思います?』
「は?」
『だから、略奪愛ってどう思いますってば』
「はぁ……」
訳わからなそうに眉を寄せ、シワを作る。
私はかなり真剣である。真顔だったのかその真剣そうな顔に本気だとわかったのか隣の椅子に座る。
「自分の職業、わかっています?そんなことしたら自分以前に、相手側に迷惑をかけますよ」
『そんなものですか?』
「そんなものですよ?略奪愛なんて、やめてください。ほら、行きますよ!」
痛いくらいに背中を叩かれて前のめりになる。
痛いくらいにを通り越して痛い。無茶苦茶痛い。山岸さんは力が強いんだから、少しは力加減して欲しいものだ。
『はいはい……』
「はい、は一回にしてください」
『はーい』
ちなみに山岸さんのプロフィールは
厳しい、口うるさい、馬鹿力、口悪い
である。
「声に出てますよ……!」
『あれれ、すみませんねー』
略奪愛、すべきかな?
そうすると私は……悪者だね。
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