にじゅう
彼がテレビを見ていなくても良かった。
私の最後の言葉を聞いていなくても良かった。臆病な私を許してください。
直接、本心を言えない私を許して欲しい。
『では、明日。空港に……』
「時間はわかってますね?」
『はい』
私は明日、日本から出ていく。
何日、何ヶ月の話じゃない。何年単位の話になってくる。結局私は何年行くんだろうか。そこまでは決まってない。
社長はそこまで言ってくれなかったから。
家に帰ればガランとした部屋を見渡した。
『本当に、居なくなるのか……私は』
もう、帰ってくる事はないのだろうか?
「白銀さん、ホテル行きますよ。もう荷造り済んでるでしょう」
『山岸さん……終わってます。運ぶの手伝って?』
「嫌です。ほら、早くして」
空港には早く行かなければならないため今日一泊、ホテルで過ごす。
管理、とまではいかないけれど玲央にこの家は一任してある。売るのも、こちらに移り住むのも貸家にするのも彼の勝手である。
これも彼が頼って欲しいと言ってなった結果だ。信用している彼になら任せられると思って彼に鍵を預けた。
『ほら、山岸さん。これ持って』
「はぁ?面倒くさい……」
彼女はなんと、自分から私のマネージャーをすると言い出したのだと言う。
どうやら相性は抜群らしい。
『ありがとう。これで終わった』
「まったく……行きましょう」
奥に押し込まれて、車に乗せられる。山岸さんは私の隣に座り、スケジュールを確認しだした。
それを窓の外を見ながら流し聞く。
「あの会見、何だったんですか?」
『んー?何が?』
「伝言……って」
『言ったでしょ?あれは、ある人からの伝言よ』
昔伝えられなかった、あの頃の私から。
高校時代で時間が止まってしまった私からのね。
「そうですか」
これ以上検索しなかった山岸さんは口は悪いけれど、優しいと思う。
しつこく聞かれたらどうしたものかと悩んでいた。
「英語の歌を歌っていただきます」
『わかってます』
「ですから、今までの方々とは違うというのだけ覚悟しておいてください」
分かりきっていることを言うもんだから退屈だった。
アメリカなんて遠すぎる。だからだろうか、山岸さんの肩が震えていた。それは不安からなのか、それも楽しみからなのかは定かではないが。
『……山岸さん』
「はい」
『ありがとう』
「…………何ですか、急に。キモイ」
『ホント口悪いですよね』
「放っておいてくださいな」
そっぽを向いてしまった彼女の目に止まったのは東京で有名なスカイツリーだった。山岸さんは嬉しそうに携帯を取り出し窓越しからスカイツリーを写真に収めた。
それから撮った写真を見せてくれた。
『ふふ、ボケてる』
「え!?嘘っ」
『嘘です。ていうか何で地元のもの撮ってるんですか?』
いつでも見られるでしょうに、そう付け足そうとしたのをやめた。彼女は私の騒動のせいでアメリカのロサンゼルスなんて遠い所に連れていかれるのだ。そんな無粋なこと言えない。
『ま、仕方ないか。地元にいればいるほど見ないから』
私だってそうだった。稲荷神社があろうが京都御所があろうが、気に止めなかった。
とめても、ああ……これがねぇ、程度。あったんだ、ここに。って感じだ。
「もう着くから、降りる準備してください」
カツラとサングラスを投げつけられる。本当に私への扱いが酷すぎる。
ガラス越しに見えた景色はいつもと変わらない場所。
私は明日、ここから居なくなる。
prev /
next