じゅうきゅう
「……………香織」
話さなくては、ならないと思ったから。
「はい……」
もうこんな中途半端な気持ちでは彼女といれない。
「すまない……」
もうその涙を拭ってやることは出来ないんだ。
「……わかってたから」
お前も、知っていたんだね。僕と、光の関係を。
「有難う」
「……っ……ふ…ぅ、く」
君といた時間は長いようで短い。でも、だからと言って忘れることなんてしないよ。
「すまなかった」
「もう何も、言わないでよ」
ねぇ、全て忘れていたら僕はどうしていたろうか。光の事だけじゃなくて、お前やテツヤたちを忘れていたら楽だったんだろうか。覚えていないものが何なのか悩まずに済んだのか?
「征十郎、電話が……」
胸ポケットに入れていた携帯がなる。それはプライベート用だったから仕事関係の話でないことがわかる。
「はい」
〈赤司くん!!!!〉
「テツヤ、どうかしたのか」
〈テレビ、テレビつけてください!今家にいますか!?〉
「?ああ、いるが……」
テツヤが言ったチャンネルを着けるとそこに映っていたのは光だった。
《――です。御迷惑をおかけしたことを謝罪いたします。そして、今回ご報告させて頂くのは日本での活動を中止させていただくことです》
日本での=H
その言葉に違和感を覚えて、良く見るためにテレビ前にソファに座る。
《明日から、アメリカの方に行かせていただきます》
そのことについて沢山の記者が質問していく。だが、そんなことは気にならなくて、もう近くにいてくれないのがむず痒くてテレビの画面に食いついた。そして気づいたのは彼女の髪の毛だった。
「ぁ……髪の毛……」
香織も気がついたのかそう口にしていた。
肩口までに切りそろえられていたそれを見た瞬間、頭に痛みが走る。
《そして、最後に……ある方から伝言を預かりました。ずっと傍に居ると約束したのに、ごめんなさい。嘘をつき続けてごめんね。最後の最後にまた嘘をついてしまったから……今でも、大好きだよ》
10歳の頃、母が死んだ。
その時、独りにならずに済んだのは彼女が、光がいたから。その際、彼女と約束したはずだ。
昨日、彼女にした約束を覚えてるかと聞かれたが、答えられなかった。覚えていなかったからだ。
傍に居ろと言ったのは僕だ。
会見が終ったあと香織が立ち上がり引き出しから何かを取り出す。
「…………最後に妻として、お願いしてもよろしいかしら?」
赤く腫らした瞳を細め、紙と印鑑とペンを手渡してきた。
「今すぐ印鑑を押して、抱き締めてください。最後の、お願いです」
彼女が手渡してきた紙には【離婚届】と書いてあったそれは、香織が書けるところだけは全て埋めてあった。
「……僕はいい妻を持ったんだな」
「こんなにいい妻は居ないでしょうね。もうきっと」
「……ああ。有難う、愛していたよ」
その言葉は何よりも重たくて、悲しい言葉だった。
僕の胸に顔を埋め、声を出して泣く香織を最後に力一杯抱きしめて、額にキスをした。
「さようなら」
本当に愛していたんだ、香織。
でもそれは、君に光を重ねるという卑劣なことをしていたからかもしれないね。
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