じゅうはち
過去系だったそれが自分で言ったにもかかわらず胸に沁みた。痛いのだ。自ら進んで過去系にしたというのに。
『もう失礼しても構いませんか?』
家の門は数歩歩いた先にある。家に入るのは一分もかからないだろう。征に背を向け門まで歩く。鉄に指先が触れた瞬間力強く手首を掴まれてしまった。
『!?』
「このままでは、終わらせたくない」
『触らないで下さい』
腕を振っても離れない彼の色白の手。空いている手で軽く叩くと外れた。その手で門を開く。門を開けると手入れする暇などないためにすっかりと雑草の住処となってしまった庭だった場所があった。
虚ろな目でそこを見つめる。
「僕はッ」
『……』
「香織に君を重ねていたのか?」
私に聞かれてもわかるわけ無い。
『黒子くん、玲央、入る?』
閉まってしまう扉の隙間から見えたのは征の言葉に絶望し切った顔をした香織さん。そして、悔しそうに俯いている征。
玄関でハイヒールを脱ぎ捨て、フローリングを歩いた。
『……ふぅ』
冷蔵庫から冷えた麦茶を出す。
ちなみに私的にはお茶は麦茶が好きだ。次に玄米、黒豆……など。お茶が好きな私は戸棚を開けると茶葉がたくさん出てくる。
コップに注いで一気に飲みほせばカラカラに渇いていた喉が潤った。
『ぷっはぁ!』
「おっさんですか」
「女の子なんだからそんなおっさんみたいなことしないの。腰に手を当てて仁王立ちしてるって……完璧風呂上がりにビール飲んでるおっさんじゃない」
『二人とも酷いな、おい』
透明なグラスに麦茶を注ぎ机に置く。ゴム製のコースターを濡らしていった。
「いただきます」
『どうぞ』
今頃外に取り残されてしまった征と香織さんはどうしているのだろう。帰った?私が征だったら、あんな事言ってしまった後、顔向けができないため帰らないだろう。
『……玲央』
「なぁに?」
『髪の毛切ってくれない?』
徐ろにハサミを玲央に突き出した。
それは散髪用のハサミではなく、子供が持っているようなものだ。それを手渡せば驚いた顔をしている玲央。その顔に笑ってしまった。
『ダメかな?』
「ダメじゃないわ。でも……どれくらい?」
『適当に……そうね、肩くらいかな』
「そんなに切るの!?」
『うん』
黒子くんは絶句したままコップを握り締めている。そこまで自分の言っていることは可笑しいんだろうか?いや、おかしくない。至って正常だ。
もう、思いは伝えたんだ。未練がましく征に執着しなくてもいい。
「それで、いいんですか?」
『うん。それがいいからそうするの。ほら、玲央よろしく』
新聞紙を椅子の下に引き、椅子に座った。
玲央の少し震えた声がして、髪に触れる。
ジャキンッ…………
一気に体が軽くなった気がした。
綺麗に揃えてもらうのにとても時間がかかった。でも、それでも、黒子くんと玲央はそれが終わるまでずっといると言ってくれた為に黒子くんは未だに椅子に座って髪の毛を見ているし、玲央はまだ揃えてくれてる。
『どう?』
「何ていうか……長いのを見慣れてたから、感覚が麻痺してるわね。世間一般から見ると似合ってるのかしら……」
「多分そうですね。似合ってるんだと思います」
『お世辞でもいいから似合ってるって言ってよ。まあ、良いんだけどね』
髪の毛は片付けてわかったけれど、私は頭にとても重たいものをぶら下げていたらしい。新聞紙を持ち上げるのが大変だった。
片付け終わって黒子くんの前に座った。ずっと気になってたから。
『黒子くん、何でここに来たの?』
「ああ、今日の朝まで飲み会をしていたんです。保母さんたちと。昨日の夜遅くから始まって、今日の朝まで。ちなみに僕はお酒が飲めませんから酔ってませんでしたし、その飲み会会場が園長のお家だったんですよ」
どうやら大変な思いをそこでしたらしい。遠い目でどこかを見ている。
まぁ、一人だけ飲んでなかったら大変な事になっていたろう。
紅茶とケーキなんて洒落たものは冷蔵庫の中にあるわけなく、バリスタでコーヒーを入れ二人に出して3人で飲んだ。
『今日は、有り難う』
頭を下げると自然と重力に従って目から水が落ちた。膝の上に落ちたそれは弾ける。
どうして私はこうなんだろう。望まないんだろう。
たくさん望んでいるのに諦めてしまうんだろう。大好きなのに、一緒にいることができないのが、悲しくて胸が痛む。
心配してくれている玲央も、黒子くんも、私のことを思ってしてくれた。でも、それも私の一言で台無しになってしまう。
『…ッめん……なさ、い……ごめん、ゴメンなさッ』
肩を抱いてくれた大きな手に感謝した。
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