じゅうなな
あれから、どれだけ時間が経ったんだろう。
いや実際は数分しか経っていないはずだ。腕時計を見たものの2という数字から3という数字に長針が動いただけなのだから。
「…………白銀さん。キツいことを言うようですが、赤司くんにとってあなたの記憶は思い出さなくてはならないものです」
どうして、黒子くんがそんなこと言えるの?
悪く言えば部外者なんだよ。なのに……
「あなたは、いつまで悲劇のヒロインを演じるつもりですか?」
『そんなことっ』
黒子くんの背後に見えた征と玲央。眉を顰めて、玲央の顔を見て話す彼らはどうやら私たちの過去をを話しているようだ。
そんなことしないで欲しい。今まで感情を抑えて堪えてきたのに、全てがダメになってしまった。
『っ……』
「光……」
『ぁ……』
泣き顔を見られたくなくて、こちらに来た彼から目をそむける。
目の前にいた黒子くんはいつの間にか居なくなっていた。
「どうして、言ってくれなかったんだ……やっと、やっと、わかった……光ッ」
私のことを掻き抱いたその腕は正しく私が何年も求めてきたもの。でも違う。だって彼は……
『思い出してないのに、抱きしめないで下さい』
私のことを思い出してないから。間接的に思い出さされただけ。
きっと、玲央から聞いたことだけじゃ全部思い出せていない。そのフリをしているだけ。
「光……何言ってるのよ」
『思い出してるわけが無いじゃないですか。私があんなことを言って、別れてしまったのに、彼が素直に私を抱きしめる訳が無い』
結婚前提のお付き合いを申し込まれたのにもかかわらず、私はそれをごめんなさい、その一言で終わらせてしまった。
あの時、私の部屋から出ていく征の顔は忘れられない。
あんな顔をさせたかったわけじゃないのに、させてしまったのは私。
『私が、どうしてこんなに髪が長いんだと思いますか?』
「っそれは……」
洗うのも手入れをするのも何もかも大変だったその髪の毛。
洗うだけで何十分とかかるこれを私は何度切ろうと思ったろうか。でも、それをしなかったのは彼から未だに褒めて欲しいと、触れて欲しいと思う私のキタナイ願望。
『私がどうして赤司の家に居たか、どうしていれたのかご存知ですか?』
「それは母が……」
『ええ、そうです。ならば、私が高校三年生のコンクールで何を何曲歌ったか覚えていますか?』
「…………」
『私が、あなたに言ってしまった言葉は?わからないでしょう?わからないのに、自分が忘れていた人を思い出せたからって喜ばないでください 』
赤黄の瞳は瞬きをしてから見えなくなった。瞑ってしまった為に色白の頬に影を作る。
悲しそうな顔をしながら無理に笑おうとする彼は見ていて無性に腹が立った。
『何で、聞かないんですか!?私のこと、責めてくださいよ!あなたが忘れてしまったのは私のことだけですが、そうなってしまったのは、原因を作ったのは私ですよ!?』
そう、私は許して欲しいんじゃない。怒って欲しいわけでもない。
ただ、責めて欲しかったんだ。この罪を再確認したかったんだと思う。別にいじめて欲しいだとかそういうものではなくて……責めてもらうことで自分の中のぐちゃぐちゃを整理したかったんだ。
『私は、私は…………あなたが、』
「言わないでよ!」
どうして、出てくるんですか?
「香織……?」
「もう私から盗らないで!」
何故いるの?そう口が動いた。
様子がおかしい征の後を付けたようだ。聞いていれば、征は私のことを思い出したじゃないか。
それでは、もう自分と居てくれなくなるかもしれない。その不安で今、飛び出したという。
「香織、どういうことだ」
「その言葉は言わないで」
私の目の前にある香織さんの顔は忘れられない。だって、泣きそうだったから。怒っているのに、泣きそうだったから。
「言うか言わないかは、光さんの勝手です」
「妻として言わせてもらいます。征十郎に近づかないで」
「何で、お前がそんなこと言える」
『れ、お……?』
「お前に何がわかるんだ!」
『玲央っ!』
「お前が、お前が光を苦しめてるんだよ!いい加減自覚しろっ」
ああ、私はこんなにも人の人生を狂わせてしまっていたのか。今気づいたよ。
玲央の気持ちに気づかなくて、香織さんからは怯えられて、征は思い出そうと必死で、全て私が関わったからいけなかったんだ。
本を正せば、私のこの容姿が悪かった。こんな容姿に産まれなければ、両親から捨てられることはなかったんだ。そして、征に会うことはなかった。そうすれば、香織さんは心置きなく征と結婚して楽しく、幸せに生活していたはずだ。玲央だって、征から話を聞かなければ私に会いに来ることなんてなかった。玲央が私を好きになることもなかった。
『……大丈夫、大丈夫だよ。もう全部終わるの。香織さんも、怯えないで。玲央もそんな風に怒らなくて大丈夫。黒子くんも、ありがとう。そして、征。
香織さんと幸せにね』
―明後日からから、活動を再開。お前には明日、準備をして海外に行ってもらう
―……わかりました。場所は?
―ロスだ
―遠い、ですね
―そこで再スタートする
―わかりました
私もう明日からここにはいない。
いつ日本に帰ってくるのかもわからない。
でも、ごめんなさい、香織さん。征にもう一生伝えられないと思うから。この覚悟ももう今日で消える気がするから、つたえさせてください。
『赤司さん……いいえ、征。私はあなたが、ずっと、ずっーと、あなたに拾われた時から、
大好きでした
』
それはもう過去系
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