真っ白なフィルム | ナノ


  じゅうろく


『ぁ……』


革靴を鳴らしてこちらに向かって歩いてくる彼の顔は険しかった。
怒ってるんだと一目見ればわかる顔。


「どういうことだ」


冷たくて、地を這うような声に心臓が震えた。
それが伝わるように体も震え出す。
ああ、怒ってるなぁ。そんな楽観的な考えを思い浮かべながら目の前にある彼の顔を見た。


「僕に初めてあったのはどこだ?」


『びょ、病院』


「嘘をつくな」


『嘘じゃ、ありません』


「じゃあ、何だ!本邸にあった写真はお前じゃないのか!!?」


未だに家にあったというのか、私と彼の写真が。旦那様が見せる訳が無い。見せたのは新米の使用さんか……あの人だけだ。


「仲間理恵」


『!』


そう、仲間理恵。私のお世話をずっとしてきてくれた女の人。
だけど、彼女とて使用人だ。旦那様が伝えているはず。なのに、何故写真なんかを見せたのだろうか?命令されたから?ちがう。
あの家では征よりも旦那様の方が権力は上。だから、例え征に命令されても聞かないはずだ。


「今、反応したね。言う気になったかい?」


『言えません。知りません。私は玲央に』


「可笑しいとは思わないか?何故、玲央が臥せっている僕に見知らぬの友人を紹介する?」


確かにそれもそうだ。
玲央のように、優しく友人思いの彼なら大切な人が臥せっているのにその人に関係ない人を紹介する筈がない。ましてや、病室に連れてくるなんて。


「その時点で可笑しくないかい?ねぇ、玲央。彼女と僕は何だ?どういう関係だ」


「それは……」


迷うような素振りをしたあと口を直ぐに噤んでしまう玲央。
言われて困るのは私だ。そして小さく首を振ったのも私。


「言え、玲央。これは命令だ」


「っ、……」


征から顔をそらしアスファルトの地面を見る。蝉がミンミンと鳴く。
オスがメスを求めるその声。子孫を少しでも残そうという懸命な努力。

思い出さないでという悲痛な心の声。
それは、私の為でもあり彼の為でもある。思い出しそうな彼にバレないようにしていた私。


『言わなくていい。赤司さん、帰ってください』


「名前の呼び方も違った。征≠ニ言っていたね。その呼び方はいつも僕の夢の中に出てくる少女から呼ばれていたものだ」


思い出し始めているのだろうか。


「君は、誰なんだっ……」


拳で私の家の塀を殴った。
鈍い音が蝉の声に負けて消える。


『私は……私は……』


「あなたが結婚前提で付き合おうと言うほど惚れた女性ですよ、赤司くん」


優しい、その場に溶けるような声。
私はその声の主を知っている。会ったのは……征の結婚式以来だろうか。懐かしいと感じるほど、会っていなかった。


「テツヤ……どういうことだ」


「あなたは忘れているんですよ」


「何をだ」


何故、ここにいるのか、そんなことは今聞くことではないのだろう。
わかっている。でも、どうして言ってしまうのだろうか。


『黒子くん!言わないで!!!!!』


「あなたが、光さんのことをです。七歳からでしたか?ずっと一緒にいたんでしょう?」


『!黒子くんッ』


私が何年も我慢してきたことを彼は簡単に口にして征に言った。そのことが腹ただしくて彼を渾身の力で平手打ちをした。
私たちにしたものとは比べ物にならないような位の力で。


「っ……」


「テツヤ……!」


『何で、どうしてっ、あ、……っ』


つっ……と彼の口から血が流れる。
痛そうに顔を歪めて私を優しい目で見る。殴ったのは、叩いたのは私なのに責めないその顔は余計にやってしまったことを後悔させた。


「……光さん、もういいじゃないですか」


『……良くない』


「あなたは十分我慢しました。八年でしたか?十分すぎるでしょう?」


『そんなこと、ない』


「赤司くんを一番理解しているのはあなたです!」


『っ!……違う、よ』


違うのに、そういう彼は私の肩を掴む。しっかりと私の目を見てくる空色の瞳に心を見透かされるようで怖かった。


「玲央、説明してくれ」


「でもっ」


「早く!」


「っ……」


後ろでそんな会話が聞こえた。言ったら、バレたら、知られてしまったら……香織さんが


「光さん、それは偽善です」


『偽善でも、いいじゃない!』


「偽善の本来の意味はわかっていますか?」


『わかってる!本心からの思いじゃないんでしょ?でも、でも、口にしていたら思いが止まるの!だからっ』


「それは結局解決していませんよ?」


『……黒子くんに関係ない!』


「ええ。関係ありません。でも、バレるのは良くない、あなたの為にも、赤司くんの為にも。そう思っているのは偽善と恐れです」


ねぇ、黒子くん、君に関係ないでしょう?
君には何もわからないでしょう?


口出さないでよ。放っておいてよ。

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