真っ白なフィルム | ナノ


  じゅうよん


澪って、見た目によらずお酒に強いらしい。


「……私ね、安心しとってんよ」


『何に?』


クイッ、とワインを煽るとツマミとなってしまっているチーズを指でつまんだ。
口に入れるとザラザラとした舌触り。ツン、とする匂い。子供の頃は苦手だったが今は酒のツマミとして好きだ。


「んー、不倫の話」


『は?』


「だって姫、言うとったやん?」


昔、確か、高校二年生だった、澪はワイングラスを指でつつきながら話始めた。





『私ね、好きな人がいるんだー』


「え、誰なん!?」


『澪ちゃんの知らない人だからいーわない』


「ええー?」


その頃はまだ、今以上に自分の事しか見れていなくて、自分の事が可愛くて。
あまり、周りのことなんて気にしたことなかったし、知りもしなかった。


『大好きな人が結婚したら私絶対奪いに行く』


「いきなりどうしたんやな、姫」


『昨日、やってたじゃん。芸能人が結婚した話のやつ。見てなかった?その時、きっとファンの皆さんは私と同じこと思ったと思うんだよね』


「あ、昨日のやつ?見とったよ!あー、それで……」


『うん』


私はそれを見て思ったんだ。もし、征が知らない、違う人と結婚したらたとえ望まれていなくても奪いに行ってやる、と。


「ふーん、まぁ、ええやん!応援してんで!」


ニッコリと笑った彼女。私もそれに返すように笑った。
心からの笑。楽しかったと、信じてやまなかった。


『頼みます。略奪愛ってなんかいいよね。絶対しちゃうよ』


「おー。頑張れ」





確かにそんな会話をした、澪の話を聞いて今鮮明に思い出した。
そうだ、私は略奪愛の話を澪に昔したんだ。征を頭の隅で想いながら。


『澪、あれ不倫じゃないよ。誤解、デマ』


「そうなん?まぁ、わかってんねんけどな」


どんどん口に運ばれていく酒とツマミの量には目を見張るものが澪にはあった。こんなにもお酒が強い人だとは思っていなかった。むしろ、私と同じくらいなんじゃないかと期待していたのに。


『それに私はそこまで望んでない』


あんな風に、あんな関係になって欲しいなんて思ってない。私はそう思ってる。でも、だからといって、征と一緒にいたくないというのではない。


「……そうなん?」


『そうだよ、だから……』


ペチ。
そんな乾いた軽い音が私の頬からした。痛い、とは感じなかったけれど、澪に叩かれたのだと気づくのに数秒要した。


「そんなわけ無いやん」


『え?』


「姫の幸せって何?好きな人が結婚して、それを見ること?ちゃうやろ?」


『もう私達だって大人だよ。子供なんかとは違うんだから』


「大人って何?!子供って何?!何が違うん?あの時はもう、子供やったって言える?今も略奪愛なんて興味ないって言える!?


好きなんやろ!」


立ち上がって思い切り机を叩く彼女は私が見る限り、高校三年間でも見なかったほどの恐ろしい顔をしている。
怒った時だってあったのにこんな形相ではなかった。


『そうだよ!』


「したいことして何があかんねん!?」


『子供と大人は違う!』


「ええやんか、好きやねんもんッッ」


喧嘩ってなんだろう。
陰湿なことを言い合うこと?殴り合い?違う。


本音のぶつけ合いだ。


『違いがわかったんだから仕方ないじゃない!!』


「そんなんどうでもええねん。大人とか子供とか関係無しに姫の気持ちを聞いてんの」


『好きだよ、でも、結婚してんのよ!!!!!』


こんなに、心から、腹から叫んだことがあったろうか?
心の暗い暗い奥の底にほんとは隠していたんです。
今じゃ遅い遅いなんて今更知っちゃったんだ。
いっそのこと嫌いになれたら良かったんだ。


「奪えばいい」


『そんなの出来るわけがない』


「してみいな。……好きやのにあかんで?幸せになれへん者なんてこの世に誰一人としておらん。そりゃ誰にだってその人の幸せがある。感じ方は異なっとるよ。でも、姫の幸せってその、赤司さんとくっつくことやないの?」


そんなのエゴだ。くっついてしまえば香織さんはどうなるの?彼女の幸せって何?
それってやっぱり征と一緒にいることじゃないの?私が二人の間に入ってしまえば、私が幸せになれば香織さんが不幸になる。反対に香織さんが幸せになれば私が不幸になる。


『だめ、だよ。そんなの、自己中心的過ぎるよ……』


ストン、と椅子に腰を落とす。もう既に澪は座って頬杖をついて私を見ていた。


「やったら、思い出してもらうことくらいはええんとちゃうの?」


『……それは』


「エゴでもええやん。くっつかんでも、思い出せてもろたら。それで、姫は姫で伝えたいことを伝えればいい」


ヒトは成長していく。
ヒトとはそういうイキモノだ。
一人だけだったらそれはヒトじゃない。
二人いてこそヒトなんだ。崩れそうな人を支えてあげれる人がいなくちゃヒトには、人にはなれない。
私は今、ヒトから、人になれた気がする。不完全だった私を澪が支えてくれた。


『……そうだね。だったら、できそうだよ』


彼が私を思い出してくれて、この思いを伝えたら彼の前から消えればいい。
これは私のエゴ。自己中心的考え。それでもいいの、人ってそういうものだから。


「そうや。さて、メインイベント行きますか。Happy Birthday to you!!!」


澪のその言葉と同時にパンパンとクラッカーが鳴り響いた。

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