はち
私は中学生高校生なりに夢があった。
ハジメテは大切な人にあげようと。征に捧げようと思ってた。
でも、それは征の記憶が戻らないと確信してからその夢は私の中から消えさった。
大学に入って、見知らぬ、恋情も持っていない男と体を重ねた。
快楽で夢だったことなんて直ぐに忘れたけど悪くはなかった、と思う。でもやはり脳裏に浮かんだのは征、ただ一人で。それからこんな行為、しばらくだった。
しかも、友人だと思っていた人物から欲をぶつけられるなんて思ってもみなかった。
『……ん』
となりで裸になって寝ている彼は、私に想いを寄せているなんて思ってなかった。
私はそれに気づかずに今まで彼になんて酷なことを言って、して来たのだろうか。
ベッドの下に散乱している衣服を拾い上げ身につけるとそろりと玲央のベッドから抜け出す。
『玲央……ごめん、ごめんね……私、最低だよね……っめんね』
私に背を向けている玲央。寝ているのだから伝わっているわけないけど、面と向かっては言えないのだから、丁度いい。
それから、そろりと玲央の家から出た。
****
『玲央……ごめん、ごめんね……私、最低だよね……っめんね』
アタシの耳に入ったのはその言葉。
なぜ謝っているのかなんてすぐに分かった。貴方がアタシにとってきた態度や言動の数々に謝ってるのよね?
パタンと閉まってしまった扉の向こうで彼女はきっと顔を歪め、涙を堪えてるでしょうね。
「そんな事、言わせるつもりなかったのよ……」
アタシはただ、笑っていて欲しかっただけなのよ。
大好きで、大切な貴方に。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
『実渕さん。私……もう、ダメです』
そう言って泣きついてきたのは何時だったかしら。七年前くらいかしら。
征ちゃんが退院しても本当は諦めきれてなかった光。退院しても一年、本当は粘ってたのをアタシは知ってる。
「……どうしたの?」
『私は……征の中で、実渕さんの友達という位置づけ。友達の友達になってるんです』
ああ、なんて健気なんだろう、そう思った。大学も違うのに何かあれば会いに行ったり、必死だった。たった一言、二言伝えるために、そこまで必死になれる彼女を友人として尊敬した。
アタシは京都の大学で彼女は東京の大学。会うのは難しくていつも電話だった。
『香織さんも、ずっと一緒でっ!何もできない……言えないよ……言えないんです…………っぅう……っく……ぁあ』
電話越しに聞こえる嗚咽にアタシの心は傷んだの。その時に知った。
東京に行ってしまってから胸が痛かった。その原因は光なんだって。
「大丈夫よ、思い出すわ」
その言葉を私は言わずに飲み込んだ。
彼女にはこんな気休めな言葉、言ったって意味ないって。
だから言ってやったの。それから、彼女の人生は一変したのかもしれないわね。
「思い出さないのなら、諦めなさい。貴方は赤司に必要とされていないんてしょう?だったら思い出して、その言葉を言ったって意味ないじゃない。そんな男のこと
忘れろ」
『へ?今、何て……』
「忘れて、新しい恋でもしろって言ってんのよ。うだうだ五月蝿いわ」
『っ……そうですね』
もっと言い返してくれる、そう見ていたアタシが馬鹿だったのよね。
光はそれを受け入れて諦めてしまった。それはアタシのせい。アタシがいけなかった。励まして上げるべきだったのに。
「……ええ、そうよ。諦めなさい」
『そうします』
「それと、苗字呼びやめて。敬語もね。友達になって?ちゃんと、心から話せる友達」
この時点でアタシには話せないことがたくさんあったのにね。
何でこんなこと言ったのか疑問だった。
ああ。好きなんだ
この子を守りたい、あの笑顔をまたさせてあげたい
光の心の底から笑った顔が見たかっただけなのに……でも結局、あの子を笑わせられるのは征ちゃんだけなのね
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