排水口の人間を擁護した



あ、絵の具切れた……。


家を出ないつもりが、絵を描いている途中で絵の具が切れる、なんて最悪なことが起こった。私は疲れているのかボケているのか、分からないその頭を叩いて家から出た。私は結構なズボラ、ガサツに分類される人間だと自負している。
エプロンも着けたまま。しかも、絵の具で自然にペインティングされたエプロン。

「あ〜、面倒いからいいかな」

長財布と鍵とスマートフォンを入れることが出来る大きなポケットがあるから構わなかった。カバンを持つという手間が省けるから。そんなズボラに育ってしまった私はこれから、虹村とやっていけるのかな。

「ふわぁあーあ」

オッサン顔負けのアクビをして、バス停の端に立つ。多分、臭う。私のエプロンは絶対に油が染み込んだ臭いがするはずだ。一般人、しかも油絵に触れることのない人なんかは鼻が曲がるような臭いだと聞く。私も始めたばかりの時は悲鳴を上げた程だ。今は慣れたが。
そんな臭いを醸し出しておきながら公共機関を使うという、なんとも迷惑な奴それが私。

あんなに寝たのに、まだ眠たい。体が、重たいな。昨日の酒は抜けきったはずなんだけど。

「キャッ」
「!あ、すみません」
「汚っしかも、臭い」
「うわぁ……面倒い」

また大あくびをして前を向いていない時にぶつかるとか、最悪だ。しかも金髪キラキラ女。ヒールをカツカツ鳴らしていかにもワタクシって言いそうなキャラクタだな。

私のエプロンを見て顔をしかめ、さらに臭ったのか鼻をつまんでいる。そこまで邪険にしなくともいいのに。

「あなたのせいで私の服が汚れたらどうしてくれたのよ!」

キャンキャン五月蝿い。

「ねぇ、聞いてるの!?」
「お姉さん、ここは往来の多い道だからそういうのやめた方がいいんじゃないかな?」
「えっ……?」

女性の腕をつかんで微笑んでいるのは片目を隠した綺麗な人。泣きボクロが、その男性の美しさを強調している。

「彼女も謝ったんだから、許してあげて?」
「え、ええ……そうね。私も悪かったわ、じゃあ!」

最後は案外素直だな。

「あの、有難う御座いました」
「ああ、構わないよ。その臭いは油?」
「はい」
「それは絵に触れたことがある人だけわかるものだから、気をつけたほうがいいね」
「はい。自覚してたのですが、なんせ……」
「……あぁ、そういうことか」

いろんなものが入っているポケットに視線を移せば察してくれた美人さんは時計を見ておっと、と口から小さく漏らす。

「ごめんね、時間だ。じゃあ」
「こちらも、助けていただいてありがとうございます。では」

ああ、写真撮りたい。被写体にしたい。モデルになってくれませんか?初対面の人にそれを言うほど私は馬鹿じゃない。

「俺の顔に何かついてる?」
「うあ、いえ。綺麗ですね」
「ふふ、ありがとう」

笑顔いただきました。ありがとうございます。今描いているものが完成して、それからあの人を描いたらこの人も描こう。

バイバイと手を振ってくれた彼は、何というか……玲央ちゃんに、会いたくなる雰囲気を醸し出していた。綺麗、という部類で同じだからだろうか。あまりにも、綺麗な人だった。

描きたい

そう思って目当ての店に入った。

。。。

夢を、見た。虹村と、私の夢だった。
私を海の奥深い場所から虹村が助けてくれる、そんな夢。真っ暗な中で私はただひたすらに笑って、叫んでる。助けてくださいって。


【お嬢さん、終点ですよ!】
「へ?あ、す、すみません!」

運転手さんのアナウンスでハッ、と目を覚ます。
急いで座席から立ち上がってお金を払った。有難うございました、と言って返ってきたのは気をつけて頑張ってね、その言葉。優しい、熟年の方だろうか。おじいさん。きっともう、会うことのない人。それでも私の記憶に残ったのは、おじいさんの笑顔が、あの人に似ていたからだ。

「あれ、虹村?今帰り?」
「おう。お前も今か……って、その格好で出てたのか?」
「そうだけど、何」
「女って身だしなみに気を使うもんじゃねぇの?」

玄関ホールで鉢合わせた虹村は少しお疲れだ。そりゃそうか。ハードな部活してたんだもんね。エレベーターに乗れば不審そうな顔して私のエプロンを見る。

「今度からは気をつけるよ」
「どーだか」
「はは、あ!」
「?」

チン、そんな音を立てて止まったエレベーターから降りて鍵穴に鍵を突き刺す。

「昨日の経緯、聞かせてもらおうかな」
「あ〜……あれな」

面倒くさそうに頭をかいた彼の腕には懐かしいリストバンドがはめられていた。



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