背景、美しい海の人へ



玲央、あげる。


そう言って彼に差し出したのはブレスレット。別に貝殻だけでアクセサリーを作っているわけじゃない。ビーズや石なんかも多い。玲央は紫や青、寒色系が良く似合う。だから、チョイスするのは大抵そんな色。

「あら、素敵」
「綺麗なビーズ、見っけてね」
「これ、いくら?払うわよ」
「いらない、金額とかいちいち覚えてないし」

虹村はお手洗いへ向かってこの場にはいない。そういう時に渡すのって、ダメなのだろうか。虹村に隠し事をしているみたいでなんだか嫌な気分だ。でもかと言ってこれを虹村の前で渡せるかと聞かれてしまえば無理と答えるだろう。

「伊織ちゃーん、そろそろ戻って」
「はーい、今行きます。じゃあ、行くから」
「わかった、ありがとう。あ、伊織」
「ん?」
「仕事するのは、楽しい?」
「何それ、当たり前でしょ。楽しくなかったら笑えないから、私」

接客を繰り返し、バイトが終わったのは18時。帰る時間もあるし、と千夏さんから上がってよし、とのお言葉をいただいた。
玲央に別れを告げてトボトボとふたりして駅まで歩く。

「……なんか、匂うな」
「潮の香りじゃないか?ここ、本当に近いし」

夏、セミのなく季節。18時と言ってもまだ太陽は沈んでいない。

「行く?海」
「何も持ってねぇけどな」
「水着?」
「おう」
「いらないでしょ、別に。てか私が行きたい」
「じゃ、行くか?」
「腹、いける?減らないか?」
「まぁ、ケーキやら食ったしな。なんだかんだで大丈夫そうだ」

久しぶりの海。こんな穏やかな気分で海に行ったのはいつぶりだろうか。10分ほど歩けば砂浜が見えだした。どこまで浜辺が続いているのかわからないが、綺麗なところだ。ここの周りの人たちが度々ボランティアで清掃をする。私も時たまその姿を見ることがある。そして、時たま参加させてもらってる。

「綺麗、だな」
「ああ、私もここに来た時感動したよ。オレンジ色の海だな」

ミュールを脱ぎ捨て浜辺の上にリュックサックとそれを落とす。ズボンの裾を折り曲げ波打ち際まで走っていった。

「虹村ー!!気持ちいいぞ!!」

ばしゃりと足元で跳ねた水が太陽の光に反射してとても綺麗だった。

「ほら、お前も来い!」
「へーへー」
「ははっ!」

ああ、楽しい。
今度は赤司や玲央、さつきや青峰や、みんなを呼んでここでバーベキューでもしたいな。その絵が真っ先に浮かんだ。


「お前、タオルも何も持ってなかったのかよ」
「ノリで走ったからね。そんな事考えてなかった」

帰りの電車の中。周りはチラホラとサラリーマンがいるだけ。しかも、相当疲れているのかカバンを抱き抱えて眠っている人がいた。マナーもあればそういう人を起こすのが申し訳ないのもあって、私たちの声はとても小さいものだった。

「また、いくか」
「え?」
「んだよ」
「いや……虹村がそういう事言う感じには見えなかったからさ」
「そーか?」
「てっきり呆れてるのかと……」
「呆れたのはお前の考えなしの行動。次来る時はちゃんと準備して行きてぇなって話だよ」

わしゃわしゃと乱暴になでられた頭。何度か言葉を交わしたが、その度に薄らいでいく意識。二人して眠っており目が覚めたのはここどこ状態だった。

「まぁ、俺らは行き来していた、と。終点に行っては戻って行っては戻ってってしてたんだろうな。起こせよ」
「お腹減った……」
「とりあえず駅出るぞ」
「え、」

私のだみ声と腹の虫がなかったのは同時だった。


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