ささやかに息をして



ドアベルが鳴り響き、女性の声が耳に届いた。


「いらっしゃいませーってあら、珍しい早いじゃない」
「こんにちは、千夏さん。この人、連れです。ケーキでも出して適当に放置しててください」
「あら、あらあら。玲央ちゃーん、伊織ちゃんが彼氏連れてきた!」
「ちょ、やめてください違います!」

虹村を近くの席に案内しようと振り返れば顔を少し赤らめた虹村がそこにいた。何に照れてるんだか、中学から言われ続けていることなのに。おしどり夫婦やら痴話喧嘩やら、子供らしい冗談だ。それと同じだろうに、何に顔を赤らめているんだか。

「ほら、ここ座って。紅茶、珈琲?」
「……珈琲」
「千夏さんケーキセット珈琲で」
「はーい」
「伊織」
「あ、玲央。……紹介するよ、中学の友達。虹村修造、玲央と同い年」
「よく伊織から話は聞いてるわ、実渕玲央よ」
「あ、ああ。虹村だ、よろしく」

話し方に戸惑っているのだろうか、どもっている。そりゃ私だってはじめは驚いたが今では心の中が女の子(見た目男の子)のベストフレンドである。
店の奥に引っ込んでエプロンを着けてリュックサックの中から商品を取り出す。店に入った時商品棚を確認したが置いていた商品殆どがなかった。夏、だからだろうか。冬は売れ行きがあまり良くないが夏はまぁまぁ、売れる。

「並べてきます」
「はーい。あ、あと予約の紙置いとくわね」
「ありがとうございます」

ちらりとカウンターから出て、虹村達を見ると玲央とふたりして楽しそうに笑っている。おおかた、バスケの話や赤司の話でもしているのだろう。
商品棚にどんどん並べていくのは一応自作であるアクセサリー類だ。主に近くの海で拾った貝殻を綺麗に漂白しアクセサリー類を作ってここで売らせてもらってる。ここは玲央のおじさんの店で、玲央経由でアルバイトをさせてもらっている。

「何だ、それ」
「びっくりした。驚くから後ろからいきなり話しかけるなよ……見たらわかるだろ、アクセサリー」
「お前が作ったの?」
「だったら?」
「おまえ、本当にすごいんだな……」
「何さ、しみじみ。恥ずかしい」

後ろからひょっこり現れた彼はピアスを手に取り眺めていた。
カウンターに一度引っ込み予約の紙を見る。バレッタヘアピン髪留め様々なものに細かく説明がついていた。青、白、シルバー、様々な色が指定されており、当然細かく指定されているものが作りやすい。予算金額も書かれているため、作り手としては作りやすいが、安すぎて作れない場合は電話をかける。今回は高すぎて、指定も曖昧なものが1件だけあった。

仕事が一段落し、度々訪れる女性客にこれはなんだ何で出来てる、そんなことを聞かれ答えていた。
そのあいだもずっと虹村たちは話しており、ついには女性客に声をかけられるという場面まで目にしてしまった。
いま思うと虹村も玲央も俗に言う『イケメン』というやつなのだ。付き合っていると感覚が鈍ってしまうようだった。

「あら、休憩?」
「おやつ食べていいよって千夏さんが」
「そ?」
「うん。いただきます」

ピーチタルトにフォークをぶっ指し、口に放り込む。コンポートになっている桃はアルコールの味と甘みが美味しかった。

「お前、仕事してる時笑うんだな」
「いや、笑わなきゃダメだろ。それくらい私にだってわかるさ」
「そりゃそうかもしれないけど、あんなに笑ってるとは思ってなかった」
「そんなに笑ってる?」
「いつもの倍くらいピュアな笑顔だったぞ」
「マジで?……多分、褒めてくれるからじゃないか?」

自分の作品を評価してくれるのは作り手にとって私は最高のことだと思う。たとえそれが自分の心に突き刺さるような評価だったとしても真摯にそれを受けとめて直していかなくてはならない。それを理解しているから今こうやって人様に自分の作ったものを売らせてもらってる。

「じゃあ、今度からお前の絵評価するわ。そしたら、笑うんだろ?」
「虹村の評価はいつもすげぇ、だけじゃん。あとは尊敬するとかそこら」

湯気を上げる紅茶に息を吹きかける。

「まぁ、そんなもんだろ、絵描かないやつの評価って」
「そうか?玲央はいつも評価丁寧にしてくれるよ」
「実渕はファッション系統通ってるからな。俺を見ろ、根っからのバスケオタクだ」
「それもそうね。芸術とは彼無縁だもの。仕方ないわよ」

玲央まで味方につけてしまうとは、一体どんな話をしていたんだろうか。

「修ちゃんはあなたの笑顔が見たいだけなのよ」
「修ちゃんぶふっ」
「笑うな。何度も言った。それに実渕、デタラメ言ってんじゃねぇよ」
「案外満更でもなかったりしてね」
「ばーか、調子に乗るな」

そういえば玲央は赤司のこと征ちゃんって呼んでたっけか。で、修ちゃん。なかなか可愛らしいじゃないか。今度不意打ちで呼んでやろう。しかし、今日の虹村は本当に変だ。彼の顔をまじまじと久しぶりに見る。彼はこんなに優しく笑う人だったか。そんなことを思いながら紅茶を飲み干した。


  | top |  

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -