揺るるかな涙



母親が先だった。


崩れ落ちた音。初めて母親を見下ろした。茶色に染めた髪の毛はどんどん黒くなっていっていた。母親とはこんなにもやつれ、弱々しいものだったろうか。こんなにも頼りなく、小さな存在だっただろうか。

「なん、でよ」

すすり泣く母の声。なぜ泣くの、そんなことも聞けずボロボロと大粒の涙を流していく母を見る。

「私だって……私だって……」

子供のように泣きじゃくる母。今まで私に怒鳴っていたのは本当にこの人なのかと疑うほどだ。胸にポッカリと穴があいた気がした。こんなにもこの人は弱かったのだと悔しかった。この人からもっと早くに私は抜け出せただろう。こんな、弱々しい姿を知っていたならば。

「お母さん、さようなら。私の家はここじゃない」
「いいえ、ここよ。あなたの家はここなの!」
「私はもう、この家には帰ってきたくない」
「嫌よ!嫌!」

嫌だ嫌だと子供のように繰り返す。これが私の母親かと思うと悲しくなってくる。


「もう縛らないで。何度でも言う、私はあなたの道具じゃない。私は私のもので、私がこれからはいろんなことを決めていく。あなたにはもう、関係ない」


大声で悲鳴のような泣き声を上げる母親の前にスケッチブックを一冊置く。

「私はこの頃のお父さんとお母さんが大好きだった」

小さな頃から持っていたからか、日に焼け、変色したスケッチブックには見てられないような絵から始まる。クレヨンでただ塗りつぶしただけの絵の横には汚い字でぱぱ、まま、と書かれていた。おそらく二人の間にいる小さな子供は私だろう。他にもせーちゃんと書かれた赤司の絵やお父さんとお母さんの絵が何度も何度も登場していた。

「さようなら」

カタカタと震えている右手は強く握られもう震えていない。虹村は何も言わずにずっと握っていてくれていた。こんな私の隣に赤司はずっといてくれた。
家から出て道路に出た時立ち止まった。

「二人とも」

立ち止まれば手がつながっているのだからもちろん虹村はそれに気づき、赤司も私の声に気づいてくれた。

「ありがとう」

虹村の手が自然と離れてすぐ、頭を下げて何度も礼を言った。そのありがとうと一緒に涙がこぼれた。
スッキリしながらもどこか苦しくて、喪失感が大きく残った。


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