それ以上砕かないで



一度目は半狂乱になってる溝淵を初めて目にした時だった。


もしかしたら一度目も、あの母親のせいなのかもしれない。理由は、知らない。

「離せ!離せよ!離してぇぇええ!」

そう言って半狂乱だった溝淵を止めたのは自分が書いたであろう絵を破いていたからだ。無常にも音を立てて床に散っていく綺麗だと言われるであろう絵が可哀想で、悲惨で、泣きながら狂ったように破り捨てている溝淵を見ていられなくて止めたのだ。

「溝淵、落ち着け!」
「離せよ……離して……お願、い」
「何があった!?ツ、溝淵、虹村どうしたんだ、何してる!!?」

教師が入ってきて溝淵が破いた絵を見て顔を蒼くした。
時期は、まだ桜が咲いていた。新入生が来てまだまもなかった時期だろう。俺らが二年生になってすぐの話だった。印象が強すぎて忘れようにも忘れられなかった。
今思い返してみても、理由なんて聞いてないし知らない。それでも、あの溝淵の姿を忘れることは出来なかった。


「赤司、タツヤ」
「虹村さん、伊織は」
「部屋にいる」
「そうですか。それから」

赤司がタツヤを見て俺を見る。
飲むために誘ったのだが、今日は無理そうだ。

「やっぱり、俺は帰った方がいいかな?シュウにも言われたしね」
「悪いな……俺から誘ったのに」
「いや、いいんだ。溝淵さんによろしく伝えてくれるかな?」
「ああ、伝えておく」
「じゃあ、また後日」
「埋め合わせはちゃんとする」
「頼むよ」

タツヤには悪いことをしてしまった。こんなことになるなんて誰が想定しただろう。おそらく想定したのは赤司だけだ。何もかも、事情を知っている赤司だから、今ここにいるのだろう。

「虹村さん、聞きますか。伊織の家で何が起こったのか」
「俺は、待ってるっつったんだよ……あいつの口から聞けるの待つって」
「わかりました。でも、おおかた話した方が今からいろいろ楽だと思います」
「他人の家の事情ペラペラ喋ってもいいのかよ」
「虹村さんだから、話すんですよ」

赤司の笑顔が今は残酷に見えた。人が拒絶しようとも関係ないのだろう。なぜ笑顔を浮かべ続けられるのかがわからなかった。
タツヤに頭を下げた後赤司とリビングに向かう。その際にどうしても溝淵の部屋の前を通るわけだが何を気にするわけもなく赤司はリビングまで歩いていく。

「おい、溝淵は……」
「今はまだ何もしない方がいい。恐らく音からして荷造りをしてるはずです」
「は?荷造りって……あいつ本当に出ていくつもりなのか」
「さぁ。それが伊織の意志であるならば」

あんなに母親に会うのを嫌がっていたヤツだ、恐らく帰りたいとは思わないだろう。だとしてら、アイツ自身の意思であるはずがない。
俺が止めても構わないのだろうか。

「虹村さんは虹村さんの好きにしてください。それがおそらく伊織の為でもあります」

本当に赤司が恐ろしい。そう思って溝淵の部屋の前を通り過ぎた。



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