ごっこと本気の境界線



迷子かー、何年ぶりだろうな。


そんな悠長なことは言ってられなかった。虹村を見失ったのだ。マジでどこいった。

「虹村ー」

なんてこの人ごみの中で言っても意味の無いことだろう。悲しき事かな。こういう時あまり動かずに電話をかけようとズボンのポケットから携帯を取り出して電源をつける。つける、あれ。

「つかない……。電池切れかよ」

昨日の騒動もあってつかれていたのも手伝われて充電なんてしてなかった。まぁ、朝と言うか昼間では使えてたんだけど気づかなかったな。さつきからのメールもちゃんと来てたし。

「仕方ない、ここは、ねぇ。仕方ない、よねぇ」

迷子センター、目指すか。
生き生きなんてしてないですよ。そう、してないよ。虹村がピンポンパンポーンとかなって呼ばれるのは楽しみじゃないですか。すごく面白くて、こっちが楽しいじゃないか。あ、いや、うん、楽しみにしてないよ。

「すみません」

名前と年齢、服装などを尋ねられて年齢を言った時のお姉さんの顔は忘れない。お店の人もこういう顔すんのね、って顔。いやぁ、すごかった。
迷子のお知らせです。から始まるそれは少し古い記憶を呼び覚ました。
両親と買い物に出かけた時に私は母親とは違う人を自分の母親だと間違えてついて行ってしまったのだ。お母さんと呼んだ時、顔が全く違って泣き出してしまった記憶は未だに鮮明に残っている。その時にかかったアナウンスで、その母と間違えた人が迷子センターに連れていってくれたのだ。

「ふふ、懐かし」
「おい、溝淵」
「おや、迷子の迷子の虹村くんじゃないか。探したぞ」
「お前なぁ!どんだけ子供に指さされて笑われたと思ってんだよ!」
「ぶふっ、ウケる」
「お前、携帯は」
「充電するの忘れててさ。電池切れ」
「はぁ?ったく、何のための携帯だよ」

アナウンスをしてくれたお姉さんに頭を下げて彼の隣を歩く。

「金髪とかだったらもっとわかり易かったのにね」
「もうやらねぇよあんなの」
「若気の至りってやつだね、あれは」
「忘れろ、あんな昔の話」
「無理無理、あれは忘れろっていう方が無理だわ」
「お前は……本当に世話がかかる。ほれ」
「何」
「手、つなぐぞ。迷ったら次は俺が迷子センター行ってお前に恥かかせてやる」
「っぶ!そう思うなら繋がなければいいのに」
「うっせーよ。迷子になられると帰れねぇだろうが」
「迷子になったのは虹村だけどな」

その後かなりいたーい拳骨を食らって涙目になった。虹村は加減ってものがわからないらしい。絶対他の女には加減してる癖して。昨日もさつきに私よりは優しかったしな。何なんだろう、やはり女として見られていない点が問題なのだろうか。

「虹村」
「あ?」
「私の生物学上の性別は」
「女(男)」
「なぁ、その()の中は何なわけ。男って何」
「俺はお前の女子らしいところを一度も見てないぞ。一緒にいて今まで」

確かにそう言われてみればそうかもしれない。うん、そう言われてみれば。

「どうしよう、結婚できねー」
「できねぇだろ。絶対お前」
「だよな」

これは真剣に悩んだろうがいいのだろうか。いや、女としては真剣に悩むべきもんだなのだろう。そもそも、女だったら悩まないか。
しかし、染み付いてしまった習慣というのはなかなか抜けないものだ。それくらいわかっている。しかし直さなくてはならないのだろう、いずれは。

「まぁ、いつか直すわ」
「絶対直らねぇなその言い方」

つないだ手が熱いのは、このショッピングモール内が暑いからだろうか。手汗かいてる気がする、あとで謝っておこう。拳骨が飛んでくる前に。


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