睫毛のある魚
携帯充電しろよ!
その怒声混じりの言葉にいそいそと携帯に充電器を差し込む。数秒化してリンゴマークが現れて一安心。1時間放置していたら充電できているだろう。
さつきに連絡しなきゃいけないし、念のために赤司にも連絡を入れたい。
ノック音と虹村の声に携帯から顔を上げる。
「はいはい」
「ケーキ、食うか」
「いつの間に買ったの、そんなもの。食べる」
「ん。紅茶コーヒー」
「紅茶」
「アールグレイダージリンアッサム」
「アールグレイ」
「わかった」
扉越しのその会話が少し面白くて笑ってしまう。
しかし、いつの間にケーキなんて買ったのだろうか。はぐれた時?迷子センターに来た時、そういえば虹村は片手に何やら袋を持っていた気がする。結局目当てのものはあったものの気に入らなかったので買わなかったし、小物類を買って終わったのだから虹村の手は塞がらなかったはずなのに塞がっていた。
「やっぱ迷子の時の」
「食うぞー」
「んー!」
ちょん、と小さな皿に乗っているのはレアチーズケーキだった。虹村も同じものだった。
「ちなみに私はレアチーズケーキが一番好き」
「知ってる」
「何で?」
「中学の時言ってた。甘いものは得意じゃないけどケーキはレアチーズケーキが一番好きだってな」
「そんな昔のことよく覚えてたな」
薄いレモン色のケーキにフォークを突き刺す。柔らかいそこに飲み込まれていくようにゆっくり進んでいく。
「お前はさ」
「何?」
「ここから出るつもり、ねぇの?」
「げほっ……何言ってんだよ」
「ねぇの?」
レアチーズケーキを口の中に放り込んでまだ暑いアールグレイの紅茶を口に含む。ミルクも砂糖も何も入っていないそれはなんだかとっても味気なかった。
「虹村は?」
「ねぇよ」
「私もだよ、こんないいところ他にないしね。ご飯も出てくるし」
「俺も洗濯物たたまれてるのは助かってるしな」
「ま、お互いがお互い大切な人ができたら出てくってことで」
「まぁ、そうなるな」
内心すごく焦った。まるで出てけと言われているようで、背筋が凍った。
ちなみに余談だが、洗濯ものをたたむのはさつきに教えてもらった。こことここを合わせてーと教えてもらったのはつい最近である。まぁ、それでも助かっているというのだから教えてもらったかいがあるものだ。