微睡みの月



氷室さんの服の裾をつかんで顔を寄せた、のは下心ではない


「あれ、黙っててくださいね」
「勿論」
「その笑い方やめてください」
「何で?」
「綺麗なので、惚れます」

女性に使うはずの《綺麗》という言葉は氷室さんに似合うのだ。

「お前、何してるんだ」
「何でもない」
「あっそ」

服の裾を離して手を振って見送る。綺麗な男の人だった、いやなんか氷室さん見てたら友人に会いたくなる雰囲気だったわ。予定合わせて遊びに行こうかな。

「ずいぶん仲良かったじゃねぇか」
「綺麗な人イケメン美人カワイイ人は正義だから。さぁて、描こうかな」
「ふーん。あの最後の、何だったんだ?」
「何が何?」
「最後の。スケブのやつ」
「あー、あれ、は」

答えられない。無理だ、私には答えられない。あのノートの切れ端が虹村の笑った顔や怒ってる顔や部活してる時の顔だなんて言えるわけがない!

「あれは、ちゅ」

中学の虹村です、なんて言えるわけがない。

「ちゅ?」
「ちゅ、中学の時の赤司、です」
「……あっそ」
「何それ!聞いておいてそれはないだろ!」
「いや、聞いて損したー」

今日の虹村の態度は少し、そっけないし塩対応だし興味な下げだしなによりイラッとする。何にすねててイライラしてるのか知らないけれど、言うことがあるならいえばいいのに。こういう態度は嫌いだということ、知ってるだろうに。

「ガキ」
「は?てめぇ、何て言った今」
「ガキって言った。聞こえなかったわけ?」
「黙れおっさんジジイ野郎が」
「ちょ、性別!せめて性別くらい揃えろよ」
「いやいや、ババアでもお前ほどおっさんくせぇバァさんなんていねぇよ」

中学じゃこれが普通だった。痴話喧嘩なんてよく言われた。それが楽しかったし、この瞬間が好きだった。さんざん言い合って最後には沈黙が流れる。それから―

『ぶふっ』

顔を見合わせて笑うのだ。結局はそんな感じ。喧嘩って言ってもすぐに終わる軽いものだ。どれほど言い合いをしても、最低次の日にはどちらからともなく話しかけたりする。

「で、最後のは何だったんだ?」
「言わない。片付け手伝うよ。それから描く」
「は?してきたらいいだろ?」
「だって、美味かったし。つまみ美味かったし。お礼を兼ねていつも片付けることにする」

彼から返ってきたのはあっそ、という返事だけ。二人でやった方が効率いいだろう、という言葉は言わなかったけれども。だってたまに私食器落としたりして割りそうになるし。効率がいいとは言えないが、二人で台所に立つのは楽しいから良しとしてくれ、虹村くんや。

。。。

今回は机に突っ伏して寝てやがるし。ベッドで寝ろって前俺言ったよな。コイツ、相変わらずマイペースで我が道を行くって言うか、変人だし、たまになんで一緒にいるんだろうと思う時がある。ただ、隣にいて飽きないというのは事実である。

「ん、これ……」

さっき、タツヤに見せてたスケブじゃねぇか。端の方はボロボロで所々絵の具やらペンのあとやら付いてる。多分保存状態はすごく悪いのだろう。実際一ページ目なんか何でひっついんのか知らねぇが、二ページ目とくっついてて二ページ目が見えない。挙句、最後のページはノートの切れ端。ノートに描いてちぎったのだろう。

「これ、」

赤なんてどこにもない。あるのは、黒とカラフルなリストバンド。

「俺?」

ペンでリストバンドだけ描かれておりあとはシャーペンだろう。虹色のリストバンドしてたのなんて俺くらいしかいねぇぞ。

「ぅ……」

やべ。

「にじ、むら……?」

咄嗟に手に持ってたノートの切れ端を背に隠した。何も無かったかのように溝淵はもう一度机に突っ伏したため手に持っていたものを元の場所に戻し、溝淵を揺り起こす。

「おいこら、机で寝るな。ベッド行け」
「んん……ヤダ」
「てめぇ、コノヤロウ」
「抱っこ」
「重いし、面倒」
「レデーに向かってなんてこと言うんだよ……」

眠いのかすごく不細工な顔でこちらに腕を伸ばしてくる溝淵。マジ不細工だな、コイツ。絶対中身は女じゃねぇわ。小奇麗な顔してんだから正確直せば男できるだろうに。

「今日だけだぞ……ったく」

こうやって甘やかしてしまう癖は直さなくちゃいけない、なんて思いながら目の前で幸せそうに寝ている女をベッドまで運んでやった。


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