小さな海の中



世間は案外狭いかもしれない

いや、かもしれないだから。絶対じゃないけれども。

「知り合いか?」
「いや、この間少し、ね」
「その説は本当にありがとうございました」

ああ、そしてやはり綺麗である。美しい。なんと言うか、男性なのにすごく綺麗だ。私の友人みたいな、こう……繊細で綺麗で、触れればその部分が溶けてしまいそうな、氷のような形容し難い美しさ。
ああ、綺麗すぎる。

「お前、タツヤみたいなの好きなの?顔すごいぞ」
「ああ、すごく綺麗な人だから見ていて眼福だなぁと。好きかどうかは別として、それを描きたいとは思う。ただ、今思った思いをどうやって絵にしようかな、と悩むとつい顔がニヤニヤしてしまうんだ。気にしないでくれると嬉しい。ああ、頭に残ってるうちに……」
「すごくお前今喋ったな……飯は?」
「そう?そっちにはすぐ行くから先食べてて」

あ、名前聞いてない。

「あの、名前は?私は溝淵伊織です」
「溝淵さんね、俺は氷室辰也だよ」
「氷室辰也さん……よろしくお願いします。どうぞゆっくりなさってくださいね」

名前も素敵である。名は体をあらわすなんて聞くが、まさにそれである。キャンパス内にいたら絶対人気あるわ、氷室さん。イケメンを好きになるのは女なのだからそこら辺は仕方ない。でも、心から好きになるかと聞かれてしまうとそうではないと思う。
人間とは初めにどこを見て好印象を持つのか、暗に言ってしまえば顔だ。見た瞬間この人の性格は……なんてわかるわけがないのだから。

「ラフ、で少し違う感じにするか……」

適当な紙を引っ張り出し、削るのをサボっているのが丸わかりな先端が丸い鉛筆を滑らせた。

。。。

「シュウ、彼女は何をしてるんだい?」
「んー?あぁ、絵でも描いてんだろ」
「絵?」
「おう。あいつ、凄いぞ。何が凄いのか絵描かない俺にはわからないけど凄い」

溝淵伊織さん、彼女はシュウに聞いていた感じの女性だった。外面がいいだとか、絵を描くのが好きだとか、家ではオッサンだとか。酷いいいようだと思ったけれど、多分そんな感じの雰囲気が出ていたからその通りなんだろう。

「絵、か。見てみたいな」
「部屋勝手に入ってみてきたらいいじゃねぇか。あいつ絵を描いてる時は全く他のことに気がまわらないらしいからな。物音さえ気づかん」
「それ、勝手に入ったことあるの?」
「飯に呼んでもこなかったからな。呼びにいったときに」
「あぁ、そういうことね」

生憎俺はそういう不躾なことは出来ない達でさ

そう言えばシュウから蹴りが飛んできた。冗談じゃないか。別にシュウが溝淵さんに変なことしようとしていないことくらいわかっているよ。無礼者じゃないことくらいね。寧ろシュウは礼儀正しすぎて驚く時があるくらいさ。

「後で絵、見せてもらえないかな」
「もう、来るだろ。その時にでも頼んでみろよ」
「ああ、そうするよ」

噂をすればなんとやら、鉛筆で黒くなってしまったであろう手をシュウに見せていた。シュウは汚いと言って彼女の手を振り払っていたけれど。
何だか、仲のいい兄妹を見ているようだった。

「あれ、待ってた?食べといてって言ってなかったっけか私」
「言ってたけどタツヤが待っときたいーって言ったから待ってた」
「うわ、すみません!お腹空いてますよね!もう、無理に食べてもらってもよかったじゃないか〜」

3人で食卓を囲んで頂きましと手を合わせたのなんて久しぶりすぎて少し嬉しかった。結構一人の時が多かったからかな。

「お、うま」
「誰が作ったと思ってるんだよ」
「同居人」
「その言い方はねぇわ」

「溝淵さんってシュウがアメリカでずっと話していた子かい?」

地雷を踏んだかもしれない、シュウの机の下からの攻撃に苦笑いを浮かべながら咳き込んだ。

「虹村、あんた……変人だねぇ。アメリカに行って私の話するって余程話すことがなかったんだろうね」

溝淵さん有難う、攻撃とあとすごく怖い笑顔を収めてくれたから、心の底からお礼を言わして欲しい。心の中で。

「あぁ、そうだよ。話すことがないから馬鹿丸出しの友人の話でも話したら少しは笑えるかなと思ってな」
「バカって何さバカって。失礼だな、本当に」
「うるせぇ、料理音痴」
「音痴関係ない!」
「ははっ」
『うん?』
「あははっ、ふ、二人を見てると飽きないよ」
『はぁ?』
「ははは、揃わないでッ」

見事にうん?とはぁ?が重なった2人が言い合いになってるのがすごく面白くて見ていて飽きないそんな気がした。いや、実際飽きない。

「溝淵さん、絵がみたいな」
「いきなり話が変わるね。いいよ、持ってくる」
「ごめんね」
「いーよいーよ」

笑いがようやく収まった時に、切り出したそれはすごくあっさりと了承してくれて驚きだった。普通絵を書いたらそれを見せるのを人間は躊躇すると思っていたけど、本当に上手だからそんな事しないのだろうか。

「あいつ、変人だよなホントに」
「ちょっとそこ、失礼だよ。はい、スケブで良かった?キャンパス持ってくると時間かかるから」
「見ても?」
「どうぞどうぞ。あ、虹村漬物いる?」
「もらうわ」
「んー」

いやなんか、おしどり夫婦みたいで笑えてきてしまうな。
スケッチブックを開くと一枚目にはバスケットボールと床。まるでそこにボールがあるみたいに、リアリティが滲み出てて一言出たのはすごい、それだけ。それに溝淵さんは照れたのか笑っていた。

「これ、は……」
「水泳部にちょっと友達がいてね?その赤髪の子。モデルになれーって言ったらすごい勢いで断られちゃったんだけどね。無理やりさせていただきました」
「こっちもかい?」
「こっちはテニスだね。この人ね、虹村の後輩の青峰と同じような声してんの。それに、なんか立ち姿が面白かったからちょっと描かせてもらった。セリフも面白かったよ」
「これは、バレーだね」
「そうそう。この子すごく小さいのにすごく良く飛ぶの。だから、飛んだ姿が次のページにあってそれはネットとの比較」

説明する時の溝淵さんの顔が嬉々としていたから、きっとこうやって話す人は彼女にあまりいないのだろう。多分、シュウに話しても途中で寝るか適当な相槌で返されそうだ。

「すごい……」
「ありがとう」
「あれ、これは……」
「あああああああああ、それは見たらダメだ!か、かかか、返し」
「似てるよ、とっても。良く見てるの?」
「あー、そ、それは……うーん……」

そろそろ、彼女を離さなきゃシュウからまた攻撃くらいそうだから、止めておこうかな。寂しがり屋だからね、シュウは。

「ありがとう、とても素敵なものを見せてくれて」
「いや、素敵かは分からないけど」
「特に最後の、素敵だったよ」
「あれは、中学から描いてたやつの端切れだから」
「そうなんだ?それでも、素敵なものは素敵だったよ」

ありがとうと言って照れた彼女はすごく可愛らしかった。
最後の、スケッチブックに挟まっていたノートの端切れには――


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