半世紀の青空



部屋を出ない、なんてよくある話だ。


別に、作業に没頭しているだけ。だって、そうでもしなきゃやってけないから。だから、そのまま完成したら床にバタンキューなんて普通だ。冷たい床があまりにも気持ちくて、パレットを洗わなきゃとかそういうの全てすっ飛んでいく。

「くぁっ……」

フワフワした記憶の中で、フワフワしたベッドにいつの間にか眠っていた。ああ、この頭をなでてくれる手、父さんみたいだ。

「父さん……?」
「……寝ろ。ベッドで」
「元気……?」
「……ああ」
「……そっかぁ……おやすみ」
「ああ」
「床もね……気持ちいいよー……」
「うそつけ」

隣にずっといてくれた人が虹村だってことはわかっていたけれど、頭の片隅では父さんがちらついていた。きっと、眠るまでそばにいてくれたのだろう。離れていった記憶すらない。〈あれ〉が現実でなく、夢だったのならばこんな勘違いしなかったのに。

「虹村……おはよう」
「ん、今日も早いなお前は」
「今日は朝から大学行ってこれ提出したいからねぇ」
「そうか」

トーストを齧ってニュースを見ているその後ろ姿は本当に父のようだった。新聞はあまり読まない人だったからか、こういう朝飯を食べながらニュースを見る、という方が親近感が湧く。

「それと、昨日はありがと」
「?あー、おう」
「私昨日いつ寝たの?」
「あれからすぐ、だっかな」

牛乳をコップに注ぎながらニュースを見れば、出ているのは後輩の黄瀬だった。キラキラとしたその笑は相変わらず可愛らしい笑顔である。

「それからお前、床で寝るなよ。体悪くすんぞ」

虹村は皿を水で洗い流して私が入れた牛乳を奪って口に運んだ。時既に遅し、コップの中に入っていた牛乳はなくなっていた。それで最後だったのに、低脂肪牛乳。コンビニまで行くの面倒くさいし。

「いいよ、別に。あれで毎回寝落ちとか結構多いし」
「お前なぁ、俺のこと父さんとか言ってたのは誰だよったく……」
「うるさい。寝ぼけてたの。もう言わないし」
「床で寝てんの見つけて起こしてらまたいうんだろ、父さんってな」
「あー!わかったわかった、うるさい」

ニヤニヤしながらそう言ってコップも洗ってくれた彼は自室に荷物を取りに行ってしまった。こんなに彼が他人をおちょくる性格を持っているとは……アメリカに行ったからだろうか。私が知らない虹村の一面。変わってしまったんだな、彼は。彼から見たら私も変わったのだろうか。

「行ってくる」
「んー」
「それから、さっき連絡があってダチ来るから。散らかすなよ」
「は、聞いてないんだけど」
「いや、今連絡来たんだって」
「今日ってそんないきなり……」
「じゃ」

ちょっと待ての声も虚しく、逃げられてしまった。玄関がしまる音が本当に悲しい。
それにしても家に来るのだったら換気しておいた方がいいだろう。虹村は気にしていないのか慣れたのか、油の匂いに関しては何も言わない。だから、換気なんてそんなことしないし気が向いたら虹村がしている程度だろう。
でも、昨日描いていたのに匂いが消えるはずもなく。腕時計を見て何故か掛け時計も見て、まだ学校に行く時間まで時間があったため窓をすべて開けた。

「虹村の部屋は……やめておこう。うん、流石にそこまで無神経じゃないし」

とまぁ、そんな感じで時間になって窓を閉め学校に向かったのでした。換気はできたはず。


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