『失礼します』


扉をスライドさせるとパチンと音が聞こえた。
眩しい光に目を細める。


「香織かい?」


『おはようございます』


「!白銀さん」


目がなれてきた頃、目をはっきり開けるとどうやら一人で将棋をしていたようだ。
ニコリと笑うと彼の額にシワがよった。


『どうかしましたか?』


「昨日はどうかしたんですか?」


どうやら何も言わずに帰ったのにどうやら少し怒っているようだ。
昨日は頬が赤く腫れてしまったため、緑間くんと黒子くんに適当に言っておいてもらったのだ。


『用事ができてしまって……』


「敦じゃ、相手にならない」


『それは、すみません。あ、そうそう。同い年なので敬語はいいです。好きに呼んでもらっても構いませんよ?呼び捨ての方がいいならばそちらでも』


「光」


『へ?』


「呼び捨てでいいんだろう?それに敬語も」


『あ、はい』


確かにそう言ったけど……てっきり苗字で呼ばれると思っていたのに。
少し、嬉しいと思ってる自分がいる。
手招きされて椅子に座るとやっていた将棋の駒を始めの位置に戻し始める。


「またやろう」


ああ、この笑顔を私は久々に向けてくれたのだろう。中学の時迄だったのだろうか?私にこの笑顔を向けてくれたのは。
優しく、微笑んでくれる。


『はい……やりましょう。やりたいです……』


「!!?ど、どうしたんだいっ?」


ポロポロと零れ落ちた涙で将棋盤が濡れていく。オロオロと私の前でする彼は本当に珍しくて、昔に戻ったような感覚になった。
フワリ、と私の頬にハンカチが当てられる。


『ごめっ……っ』


その優しさが余計に涙を流させる。


「ねぇ、聞いてもいいかい?」


『は、い』


「どうして来る。僕の友達じゃないんだろう?」


ああ……


「玲央の友達のだけなのに」


覚えていないって、


「どうしてくるんだい?」


忘れてるってどれだけ残酷なんだろうか。
どんな言葉だって言えるもの。
ああ、涙がどんどん出てくる。
なんで?当たり前じゃない。


『大切な、人ですから』


笑うと彼は困ったような顔をした。
当たり前なのかもしれない。知らない人に大切と言われたら気持ちが悪いだろう。
そう思っていたら謝ってしまった。その行動の意味がわからなかったのだろう。首を傾げる彼は私の頭に手を置く。


「泣くな。泣いたら泣いた分だけ幸せが流れ出ていってしまうから」


『ふふっ、何それ……』


これ、昔私が言ったことがあるやつだ。なんで覚えているんだろうか。私のことだけ忘れているのに、将棋の仕方も話したことも覚えている彼は本当に私のことを忘れているのか……?


『すみません。やりましょうか、将棋』


「あ、ああ」


『さっきはすみません、変なこと言っちゃって』


「いや、いいんだ。じゃあ、やろうか」


今回は征から始まった将棋。
どう頑張っても届かないかもしれない。彼の心の中にいるのは香織さんかもしれない。
額にキス、してたし。大事そうにしてたから。


「大切な人、と言ったね」


『ええ』


「僕が君の?」


この場合、きっとうなづいてはいけないんだ。これはまだ先の話にした方がいいんだ。だから、だから、ここは……


『実渕さんの、大切な、人ですから』


「……ああ」


少しだけ落胆した表情を見せてくれたのはきのせい?それともそれはあなたの本心から?だったら嬉しいなぁ。
だって本心なら少し期待していたんでしょう?


そんな希望、持ったらいけないか。これは願望だ。


「征十郎……あら、こんにちは」


『こんにちは』


将棋を始めてから時間が結構たっていたようだ。もう来てから1時間も経ってこんにちは、が挨拶になってきた。
さっきまでは、おはようだったのに。


「こんにちは、香織」


「ええ、こんにちは」


ニコリと笑う二人の間にきっと私が入り込む隙間なんてない。


抱きしめ合い、軽い触れるだけのキスを香織さんからする。
それが嫌なのか、恥ずかしいのか分からないが身をよじる征。顔を赤く染めている。


「やめろ。光がいる」


「名前……」


「ああ、呼び捨てで構わないと言ったからね」


私を睨みつけるその眼はとても鋭く、いつかその目だけで射殺されそうだ。
そんな彼女の視線に苦笑いしかできなくて何も言うことができなかった。


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