『失礼、します』


意を決してあの日から数日たった今日、征の病室に足を運んだ。
実渕さんからの話によるとストレスが原因だそうだ。私の記憶を失ってしまったのはいらないと認識したからか、それとも思い出したくないと思ってしまったかのどちらかだと言っていた。


「……君は……目は大丈夫ですか?」


あ……敬語何だ。あの人には普通に話していたのに。


『ええ。平気です』


「あなたの名前を玲央から聞きました。白銀光さんで合っていますか?」


『はい。改めて、白銀光です』


「いい名ですね……光、か」


『!……ありがとうございます』


当たり前だよ。この名はあなたが付けてくれたんだから。
綺麗な、名前でしょう?


「こんにちは」


『あ……こんにちは』


女の人が私に頭を下げる。
彼女の瞳に写った私はどう写っているのだろう?


「私は征十郎の婚約者の二階堂香織です。よろしく」


婚約者の、を強調された気がするのはきっと私だけなのかもしれない。
今この部屋にいるのは私と香織さん、征だけ。実渕さんはいない。


『せ……赤司様は大丈夫なのですか?体は……』


「……あなたに様を付けられると違和感を感じます。もしかして初対面じゃないんじゃないですか?」


『あ……』


「征十郎が一度会った人を覚えてないわけないんじゃない?」


『!!!』


当たり前だが、どうやら私は赤司の人に嫌われているらしい。仕方が無いことだろう。私は赤司征十郎と金輪際関わるなと言われているのに。
私はそれを破ってまでここに来たのだ。実渕さんに呼ばれたからと言っても約束を破ったことに変わりはない。


「それも、そうか。それより、白銀さん。あなたは将棋ができますか?」


『え?』


「将棋。チェスでもいいですが……」


『しょ、将棋がいいです』


「できますか?よかった……相手がいなかったんです」


どうやら香織さんはできないようだ。こういう時に征と一緒にいて良かったと思う。征直々に将棋やらチェスやら全てボードゲームを教えてもらっていたのだから。
ベッドの上に備え付けの机を出し、そこに将棋盤を置き駒を並べた。


「どうぞ?」


『ありがとうございます』


パチン、と音を立てて駒を進める。この音が好きで最初は興味を持った。


「……はい」


『……ふふ』


「?どうかしましたか?」


『いいえ』


この手、相変わらず変わってない手の一つだ。
私にとってはこの手が苦手なものだ。というか、征がする将棋は私にとっては苦手なものだ。将棋部だった人達にも中学から勝っていた彼は、とっても強い。


「フフ、その手見たことあります……あれ、誰がしてたんだったかな?」


『!……そうなんですか?テレビとかでみたのでは?』


パチン……私が駒を進めた時、病室の扉が開いてカラフルな頭が顔を出す。


「赤司っちぃぃい/赤ちぃぃいいん/赤司(くん)!!!」


「涼太、敦、真太郎に大輝、それにテツヤに桃井まで……久しぶりだね」


私は顔を伏せる。
正直緑間くん意外とはあの日以来話していないし謝っていない。青峰くん辺りは覚えてなさそうだがそれでも黄瀬くんや紫原くん、黒子くん辺りはきっと覚えているだろう。
駒を進めようとしていた征の手が止まる。


「あれ、光じゃん」


「……大輝、知り合いか?」


「……は?何言って…」


その時彼は私を見てくれたから気付いてくれたのだと思う。
必死で人差し指を唇に押し当てていたのだから。仲直り以前にそんなことをしてしまっては何故かいけないと思ってしまったから。


「あー、1回ストバスであったことあるんだよ。他校の女バスにいてな。そん時に仲良くなったんだよ。な、光」


青峰くん……嘘がうまくなってる……少しそこに感動した私は心の底から口ぱくだが礼を伝えた。
他の皆は何故、とでも言いたそうな顔をしているが敢えてそこは放っておこう。


「ああ、紹介するよ。大輝は知ってるみたいだけど……白銀光さん。玲央の友達だ」


その言葉で確信したんだろう。
さつきちゃんに関しては大きなピンク色の瞳に涙をためて私に駆け寄りそうになっていた。そこはぐっと我慢してもらおう。


『青峰くん以外は初めましてだよね。白銀光です。赤司さん≠ニは昨日会ったんです。宜しくお願いしますね』


私はこの間のようになっていないのだろうか?きちんと笑えているのだろうか?
いやきっと見ていて嫌な気分になる笑顔だったのかもしれない。ポーカーフェイスの得意な黒子くんの顔が歪んでいるのだ。もちろん緑間くんも。


「よろしくっス!」


「よろしくね〜」


「よ、よろしくね!光ちゃん!」


さすが黄瀬くんだと思う。最近ドラマやCMに引っ張りだこなのだ。
切り替えが一番うまい。それに続いて紫原くん、さつきちゃんも挨拶をしてくれた。
よろしくと返すと征に呼ばれた。
どうやらまだ将棋をするつもりらしい。


「香織。僕らは話すことがあるから少しだけ席を外してもらってもいいかい?」


「ええ、わかったわ。じゃあ、行きましょう。白銀さん」


「いや、白銀≠ウんは構わない。将棋の相手をしてもらっているからね」


こういうことを言われると嬉しいのだ。
必要とされることを人は誰だって少なからず求めるのだ。それに、好きな人ならば尚更嬉しかった。
香織さんが出て行ったあとまた手を動かして将棋をスタートさせた。


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