だが、電車に乗り込んだ瞬間電話がかかってきた。
画面に浮かんでいる名前は実渕さん≠セ。
すごく、嫌な予感がした。


『……はい』


「……今すぐ来てくれる?征ちゃんが倒れたの」


私の嫌な予感は何故こうも当たってしまうのだろうか。
実渕さんに言われた病院まで結構近い。タクシーに乗ればすぐ着く距離だ。あまり荷物を持ってなかったため直ぐに電車から降りる準備をし、降りる。


『すいません!通して!通して下さい!』


電車に乗り込もうとする人達の波に押されなかなか前に進めない。
外は曇っていたが急いで日傘をさしサングラスをして外に出る。これが私の常時スタイルだ。


タクシーを捕まえて病院に向かった。


****


『実渕さん!征は!?』


「っ……こっちよ」


苦い、悲しそうな、言葉に言い表しにくい表情をした彼は私を赤司征十郎と書かれた個室に連れていってくれた。
取っ手に手をかけ入ろうとした瞬間肩を力強く掴まれた。


『実渕、さん?』


「アナタは、行かない方がいいのかもしれないわ……」


『え?』


「…………何でもないの。ごめんなさいね」


無理して笑っているのが分かってしまうくらい、彼の表情は硬かった。
だけど、私は言いたい事が沢山あったからとりあえず扉を開ける。


『征っ……!』


そこにいたのは旦那様と……見知らぬ女の人。見た目は私くらいの年齢だろうか?
人間らしい色のある頬に涙が伝っていくのがすぐにわかった。
頬を濡らしている涙は誰のために流しているのかも。


「征十郎、もう目覚めないかと思いました……!」


「……すまない」


優しい表情でその女性の頭を撫で額に軽くキスをする彼は私の見たことのない彼なのかもしれない。
いや、知らない人にしか見えなかった。


「ところで、玲央。彼女は…………


誰だ?」


この言葉でようやく実渕さんの悲しそうな、言葉に言い表しにくい表情の意味を理解した。
彼は、私の記憶だけを失ってしまったのだと。


『……ぁ…………ぅあ……』


うまく言葉にできなくて、視界がぼやける。そんな私を見て旦那様は顔をしかめる。
それもそうだ、旦那様との約束を私は破っているのだから。


「何故お前がいる」


『……すみま、せん』


「私が呼びましたの。征ちゃんの大事な人だから」


その言葉に女性と旦那様は顔を歪め征は首を傾げる。
でももう私の涙は限界だったようでそこにいた女性のように涙で頬を濡らした。とっさに下を向くが意味もなくベッドから立ち上がった征が顔をのぞきこむ。


「…僕が、何かしたかい?」


そう、あなたは悪くない。
私が悪いんだ…………。


『いいえ、赤司様≠ヘお気になさらないでください。どうやら目にゴミが入ったようです。失礼しますね』


そうだ。彼にとって私は不要な人物。好都合だと思うのは旦那様も女性も、仕方のないこと。でも、言葉が伝えられない。もう、私のことを思い出してくれないかもしれない。でも、何故?

病室から出て来るときには思わなかったけれど、酷く長い道のりをトボトボと歩く。


「光ちゃん!」


「病院内は静かにおねがいしますっ」


「あら、ごめんなさいね」


『……実渕さん』


どうやら急いで私の後を追いかけて来てくれたようだ。そんな彼の心配そうな顔を見ていると再び引っ込んでくれた涙が姿を現す。


『っうぁ……っぐ……ぅ……ふっく……ぁぁぅ』


堪えようとするあまり口から漏れるその声は汚い。だけどそんなの構ってる暇はなくてただひたすら大声を上げて泣くのを我慢する。
気付いた時には視界は真っ暗。なぜならそこは実渕さんの腕の中だから。


『みぶぢざぁん……っあ…わぁぁぁあああ!!!』


優しく抱きしめられると何故だか余計に抑えられなくて、ついには声をあげてしまった。でも実渕さんのお陰か、少しだけ声は小さかったはずだ。
泣いても泣いても泣き足りないくらい泣いたその日、私は残酷な運命を呪った。


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