『征が……?』
「ああ。朝から何やら資料を持っていてな。すぐに居なくなったり帰ってきたりするのだよ。部活どころではない」
『そんな……』
あんなに部活大好きー、な征が部活だというのに彼はボールにも触っていないという。
おかしい、資料なんかもって何をしているんだろう。
「電話でちょくちょく誰かに連絡もとっていたな」
『そう……』
顔が破顔していたという。いい意味の破顔ではなく。顔が壊れていたという、怒りで。何に怒っているかは緑間くん自身、知らないという。だが、相当な怒りのようだと緑間くんは言った。
「あ、そうだ。光っち、聞きたかったんスけど……」
『ん?どうかした?』
「……髪の毛、切ったんスか?」
『……え?』
お団子だとバレないと思ったのにどうしてバレてるの、そう思った私の顔はきっと間抜けだっただろう。
緑間くんも、黄瀬くんも、何も言わなかったけれど……たぶん。
「お団子ちょっとちっさいスよ?」
『じゃぁ……』
「もしかして、赤司っちにバレたんじゃないスか?そんで、切った美容室探してるとか……」
『そ、そんな……髪の毛切ったくらいで』
「綺麗なんスもん。その髪の毛、だから切って欲しくなかったんじゃないスか?」
白、と言ってもいい銀の髪は征がいつもいつも綺麗に手入れしてくれた。丁寧に、痛まないようにと。
理由を聞くと別にただ単に女の子だから、という回答が返ってきた。
『……会いにいく』
主将なのに部活をほっぽり出してるのはダメだと思う。とりあえずその、事務みたいなことは家でしてもらおう。
部活の人に迷惑かかりっぱなしだ。
****
『……征、いる?』
「……光かい?」
きっと心なしか私の声は震えていたはず。
だって彼の顔が怖かったから。
「どうかした?」
『……』
あまりにも君の声が怖くて足がすくんだ。膝が笑った。何故だろう、君の声があまりにも低くて、怒っていて。
でも私はその時何に怒っているのかわからなくて。
「おいで」
その声に大人しく従った。
フラフラと近づくと腕をひかれる。当たり前のようなその動作がナチュラル過ぎて何も言えない。いや、初めから何も言えないんだ。喉が異常に渇く。
一体ここまで彼を怒らせたものは何だろう。
頭に腕が伸びてお団子を解く。
肩に、腕に髪が落ちる。
「誰に、されたの?自分から切りに行ったのかい?」
『……そ、そうだよ。自分から切りに行ったの』
「ふぅん……俺が結ってやるって言ってたのに?切っちゃったんだ?」
『……ごめ、』
「西條明希、江口涼子、」
『!』
「それから……山下彩乃、橋本唯香。まだいるね、えっと」
『なんで?それ……』
「ねえ、」
ぐい、と後頭部に添えられていた手が力を込める。そのまま征の顔が目の前に広がった。
―誰が光の髪の毛を切ったのかな?
『……ぅあ』
征の拳がお腹に食い込む。
ちょうど痣があるそこに、ピンポイントに。
『い、た……っ』
「ごめん。……俺のせいだよね?ごめんね……光」
そのままゆっくりと抱きしめられて優しく背中をなでられた。
まぁ、一応バスケ部のみんなはいるわけだ。恥ずかしかったけれど、でも、いたかった。彼と一緒にいたかったんだ。
狂っていてもいい……今日だけだったのに。
一緒に学校に来れなかっただけでも寂しくて、悲しかったんだよ。
だから、もう少しこのままでいさせて。
私は知ったの、君がどれほど大切で離れられない存在か。
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