襖が滑る音がして振り返ると父が立っていた。
少女を見て目を見開いてから俺を見る。
「どういうことだ」
「何がです?」
「こんな子供を連れ帰るとは……名前も知らぬと言うではないか。なぜ連れてきた。それについて聞いている」
俺はこの人が嫌いだった。
父親、というものを全うしているとは思えなかった。何もかも家のため、そんな人だ。
「今の季節では雨に打たれ、半袖の服を着用していればいずれは衰弱し、死に至ると思ったからです」
自分で思う。俺は本当に7歳なのだろうか、と。
父にどんどん入れられた知識。俺の意思に関係無しに父は詰め込んだ。
俺は望んでいなかったのに。
「名を知らぬのはこの少女が話せないからです。どうやら理解が乏しく、話の内容もあまりわかっていないのかと思われます」
「推測か?そんなもの宛にならん。元の場所に返して来い」
犬猫でもあるまい、ここまで連れてきてしまったのにまたあの道路に戻して来いと?
この人の頭は本当にどうなっているんだ。
この人のお陰で俺がいると思いたくない。全く……嫌な人だ。
「それは従いかねます。この少女は家がありませんし、生きていく術もありません。このままでは死んでしまいます」
「かと言ってこの家においておけと?ふん、無理な話だ。誰が世話を見るのだ。お前が見るのか、征十郎」
ああ、そうか。彼女の面倒は俺が見たら良かったんだ。別に誰か引き取り手を見つけるとか、彼女の両親を探すなど、しなくともよかった。
俺が一緒にいてやればいいんだ。
「ええ、僕が面倒を見ます」
「!何を言っている」
「あなた、いいではありませんか」
「母様……」
再び襖が滑る音がしたと思ったら母がいた。母は比較的話が分かる人だと思う。だけど、体が弱いし滅多に家から出ることはない。
「ふふ、でも条件付きよ。征十郎、あなたが何もかも面倒を見ること。あと……一週間後にパーティーがあったわね?その時までに言葉をマスターさせなさい。できなかった場合は彼女を施設に渡します。いいですね?」
その言葉で取り敢えずその場は収まった。
少女を見るとニコニコ笑っていた。
恐らくではなく、先ほどの呼び方で彼女がどんな扱いを受けていたのかすぐにわかった。
明らかに『虐待』を受けていたのだろう。
「名前をいうのが途中だったね。君の名前は光だ。ダメかい?」
『光……?ありが、と』
「いいえ。それと、ありがと、ではなくありがとうと言うべきだ。ちなみに目上の人に対してはありがとうございますというんだよ」
『ありがとうございます……?』
「覚えが早いようだね」
『えへへ、ありがとう』
「使い方はわかるね?」
『ん』
「そこも、ん、ではなくうんかハイで答えるんだ」
そう言って彼女が言う言葉言う言葉、要は知っている言葉の意味や使い方を教えていった。
楽しいのか始終光は笑っていた。
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