「坊ちゃん、彼女は……」


「名は知らない。それより風呂の準備を急いでしてくれ」


「え?」


「早く」


家に帰れば案の定、彼女を見て目を見張った使用人たち。
名前を聞いていなかった、そう思って振り向けば震えていた。


「……寒いのか?」


『さ、む?』


どうやら言葉の意味もわからないらしい。でも年を聞くと首をかしげながら指を7本立てた事から7歳だと信じることにしよう。
適当かもしれないが。


「まぁいい。それより……っ!!?おい!」


にへら、と力なく笑ったかと思うといきなり倒れた少女。

額に触ればそこは触れたこともないくらい熱く、流石の俺でも大声をあげた。


「医者を呼んでくれ!早く!」


緊迫した空気の中で使用人に着替えをさせ頭を乾かしつつ、布団にくるませる。
震えながら息を荒くしている彼女は今にも死んでしまいそうだった。

綺麗な銀色の髪の隙間から見えた瞳の色は俺と同じ、赤色だった。


****


「ただの風邪です。解熱剤を出しておきましょう。起き次第、何か食べたあとに飲ませてください。……彼女はどこで?」


「……道で拾った」


猫や犬のような言い方をしたら医者は驚いたようだ。素っ頓狂な声を出した。


「……また何か御座いましたら仰ってください」


そう言って医者は出て行った。この部屋にいるのは俺と小さい頃から一緒にいた樋口だけだ。
樋口は何も言わずに彼女をじっ、と見ていた。


「名は知らぬと先ほど申しましたがあれは……」


「彼女はどうやら言葉を知らないらしい。理解も乏しい。ただ簡単なことは答えられるようだが……」


「そうですか……」


樋口はそのまま部屋を出ていった。きっと父様に報告しに行ったんだろう。
…彼女は何故あんな所にいたのだろう?冬に半袖を着用し、傘もささずまるで幽霊のように長い髪の毛を引きずる。


「……虐待、か?」


傷だらけの体を見ると痣や切り傷、火傷のような重い傷から軽い傷まで小さな体で背負っていた。


『……ぅ』


「!起きたか?」


『せー……はよ』


「少しは話せるのか、やはり」


『?』


「名前は?ないのか?」


『なま、え?』


名前と言う単語がわからないらしい。彼女は7年間何と呼ばれていたのだろう?


「家族からはなんて呼ばれてる?」


『…………虫?』


「は?」


『じゃ、ま。いら、ない子。ばか、しね、』


「わかった、もういい!」


『!……め、なさい』


大きな声はいけなかったようだ。
泣きそうなほど目を大きく見開き布団を掴んだまま俯いてしまった。


「いや、悪かった。よし、お前の名前は……」


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