その日、私は征よりも早く起きて髪の毛をくくった。簡単だろうと思っていたものは想像以上に難しく、かなり手こずった。
『っもう!』
半ばキレながらようやくお団子になった髪の毛は少しよれっとしている。
だがシュシュをしてしまえばわからなくてよかった。シュシュとは万能だと思うのは私だけかな?
―コンコン……
「光?入るぞ?」
『わ、待って!』
「!起きてるのか?」
扉越しでもわかる。とっても驚いてることが。酷いなぁ、たまには誰だって早起きくらいするのに。
毎回お寝坊さんじゃないよ、私。
『今行くから』
「ああ。じゃあ先に下行ってる」
『うん』
鏡で可笑しなところがないかチェックしてから部屋を出る。そこには理恵さんがいた。自分の指で髪の毛を指さして言うの。
「大丈夫ですか?」
心配そうな顔をして。目尻を下げて、まるで泣きそうだった。
『はい、平気です。昨日はその……御迷惑を』
「いえ、お気になさらないで下さい。では」
遠くなっていく背中を私は長い間見ていた。
昨日は痛かったな。お風呂入るのにも体中の傷に滲みた。痣はどんどん濃くなっていく。
『よし、気合入れていこうっ』
軽く両頬を叩いて元気を出してからご飯を食べるために征の元へと向かった。
「……髪の毛」
『え?ああ、これ?自分でしてみたの?ど……』
「先に行く」
何も言わずに彼は私の横を通り過ぎていった。さっきまでは普通だっのに妙にぽっかり胸に穴があいたみたいに悲しかった。
ぎゅぅ……と胸元を抑えても痛みは引いてくれなくて。悲しくて悲しくてまた涙を流した。
『何で、だろう?』
「……光さん?いま征十郎様が……」
『い、いいんです。今日は先に行くそうなので』
今日は、「は」の部分を強く言って私は久しぶりに一人でご飯を食べた。
妙に味のしない、何故か美味しいはずのご飯がまずかった。
『……』
トボトボと歩いていると後ろから声がかかった。
「光っち!」
『……黄瀬くん、おはよう』
「はい!おはようっス!あれ、一人っスか?一緒に行こっ」
『あ……』
横に並んだ彼は大きくて、それに昨日言われたことを考えると黄瀬くんの隣に立っているのもダメな気がして……
『ごめんね、先いく』
「え?あ、光っち?」
あからさまな態度を取るしかなかった。
私のわがままのせいで黄瀬くんに嫌な思いをさせて。
……最低だ、私
また視界が歪む。
でも、流石に往来の場で泣くのは目立つ。ブレザーの袖で拭うと走った。
「……光っち……髪の毛切った?」
そんな彼の疑問は知らなかった。
****
「光ちゃん!」
教室に入ると明るいその声が響く。
『さつきちゃんおはよう』
「う、うん。おはよう。あれ?今日髪の毛……」
『変かな?自分でくくったのだけど……』
「ううん!全然」
それからさつきちゃんは先程話したように説明をしてくれました。
でも、バレてはいないから、そう言われてホッとした。
話していた場所が廊下だったのがいけなかったのかもしれない。
「何が、バレてはいないから、だ?」
「み、みどりん!」
『!!』
もしかしたら私達は一番見つかっていい人に見つかったのだろう。
緑間くんは眉間に深いシワを刻んでこちらに歩み寄ってくる。
『……おはよう、緑間く』
「白銀来い」
緑間くんに腕を引かれる。私はさつきちゃんをおいてその場を離れた。
後ろを振り向くと心配そうな顔でこっちを見ていた。
『大丈夫』
そう口パクで伝えるとさつきちゃんは泣きそうな顔をして教室に戻っていった。
『……緑間くん、いま部活じゃないの?』
「赤司がそれどころではなくてな」
『へ?』
「あいつはお前中心に回っている男だ。昨日早く帰ったのも、桃井とよく呼び出されているのも、あいつは知っている」
立ち止まった彼の大きな背中を見るとパッと私の腕を離した。
それからこちらを振り向く。嫌なな予感がしたから一歩後ずされば一歩詰められるというエンドレスに続きそうなそれは案外すぐに終わった。
「光っち」
『!ぁ……うあ"!?』
黄瀬くんの声を聞いて立ち止まった私のお腹に緑間くんが軽く拳を入れてきた。
お腹を抑えてうずくまる私とそれを眉間に深いシワを刻みながら見る緑間くん。それに私に心配そうな顔で駆け寄る黄瀬くん。
「ちょ、何してんスかあんた!?」
「ふん、やはりか」
『ぃ……たぁ……』
「大方赤司のせいなのだろう?」
なんでもお見通しな彼は私と同じ位置に目線を合わせるためにしゃがみこむ。
真剣な顔で私の頬を軽く叩いた。
「少しは頼ったらどうだ?俺らは迷惑など思わないのだよ」
『……っでも』
「でも、もし、そんなものは聞きたくない。もう少し頼ればいい」
『……みどり、ま、く……』
本当にこの頃は涙腺が崩壊してたからもう、ボロボロ涙をこぼしながら彼に抱きついてた。そりゃもう、黄瀬くんは空気でしたよ?
『っぅあぁぁぁああん!わぁぁぁああん』
黄瀬くんは意味がわからなさそうな顔をしてとりあえず私の頭をずっと撫でてくれた。
『ご、ごめんなさい』
あまり人前で泣かない私はこの時かなり恥ずかしかった。しかも寄りによって抱きついて泣くというまぁ、恥ずかしいことこの上ない体制だった。
おかげで緑間くんは部活に行かなかったし、黄瀬くんに関しては部活に顔も出してない。きっと今日の二人のメニューは私のせいで倍増しているのだろう。
「何かあったら言え。少しは手伝う」
本当にバレたのがこの人でよかったと、そう安心した。
『ねぇ、緑間くん』
「何なのだよ?」
『征が部活どころじゃないってどういうこと?』
私が疑問に思ったのはそこだった。あんなにバスケ好きの彼が……何があったのだろうか?
「……あいつは……」
『そんなっ……』
緑間くんの話に驚愕した。
****
「勿体ぶらずに早くいいなさいよ」
『なんか疲れちゃったんでお手洗い、行ってきます』
カラン、紅茶の次に頼んだアイスコーヒーの氷が音を立てて崩れる。
ケーキが乗っていた皿をウェイトレスがにこやかに運んでくれた。
『休憩しましょう。そして、私は疲れたので実渕さん。征の話してください』
膝の上で拳を作った。
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