目の前の女の人たちに言われるのは相変わらず語学力のない言葉ばかり。
ボキャブラリーの少なさに同情してしまうほどだった。
殴られるのは慣れてしまった。でも、痛いものは痛い。怖くて、体が強ばる。それは変わらぬ事実だった。
『っぁ"』
「やっ、やめてっ」
隣でさつきちゃんも殴られてて、でも私にはどうしようもなくて。その距離がもどかしかった。
『さ、つき、ちゃ……っあぁ!』
「うるさいなぁっ、心配するなら自分の事心配したらァ?」
うるさいのは貴方達だ。
「ていうかさぁ、この髪の毛いっつも誰がやってるわけぇ?」
語尾を伸ばして気持ち悪い。こういう時に胸糞悪いと言う言葉を使うんだろうな。
腹や足、蹴られればやはり惨めな声が漏れる。それを嘲笑うかのように甲高い声で笑う彼女たちは可哀想だった。
「ねぇ、誰って聞いてんのよっ!」
『ぅぐっ!?』
強く蹴られすぎて壁に激突した私の体。咳が出ると腹に響き余計に痛みが私を襲う。
衝撃でくくっていたお団子が乱れてしまった。
「アハハッ、いーい気味!」
近寄ってきた女子生徒が私の髪の毛を引っ張ってお団子だったものを解いた。座っていたために地面についてしまう髪の毛。それが嫌でくくっていたのに。
「ねぇ、誰?」
『じ、自分で』
嘘。
本当は征がいっつもやってくれてる。だって征に髪の毛を触られるのが大好きだから。
「はい嘘ー!」
『ぃい"ッ!!!?』
「こんなに長かったら邪魔でしょう?」
「!光ちゃん!!逃げっうぁ!?」
『さつきちゃ……ひっ……!や、やだっ、来ないで!!』
さつきちゃん、さつきちゃんだけでも逃がして!そう言いたいのに言えない自分に嫌気が差す。
女子生徒の持っているものが私にとっては恐ろしかった。
「ホントは、ホントは赤司くんがやってるんじゃないの?正直に答えたら許してあげる」
『……自分でやってるって言ってる』
何人もの人に押さえつけられてそう苦しくても言った。
「……はははっ、こいつ馬鹿だよねー!」
来ないで来ないで来ないで!そう願ったのに、意味はなかった。
ああ、今から部活行かなきゃいけないのに。今日は合唱の方休みの日だったからさつきちゃんと一緒にマネージャーしようと思ってたのに、なのに……。
『ぃ、嫌だァっ』
―ジャキンッ
そんな嫌な音が耳に入った。
見上げると女子生徒の手の中には私の髪の毛が握られている。
さつきちゃんの悲鳴が聞こえた。そんなこと、構ってられないほど私の脳内はもうぐちゃぐちゃで。
『う……そ』
「アハハハハハハッ!」
そうやって笑ってる女子生徒の右手にアンティーク調の鋏。
左手には私の髪の毛。
左手を開いて地面に髪の毛を落とした。それは音もなく地面に散らばる。
『あ、ああ……』
。。。。
「光、俺がいいというまで切るなよ?」
『え?髪の毛?』
「ああ、光の髪の毛は綺麗だからね。俺が毎日結ってやる。だから伸ばせ」
『えー?暑いっ』
「結ってやるから平気だよ」
『そうかな?』
「ああ。クスッ……やっぱり綺麗だよ。約束だな、切るなよ?いいな」
『はーい』
。。。。
「何で?光ちゃんの髪の毛に何するの!?ねぇ、辞めてよ!どっか行ってぇ!!!!!!」
さつきちゃんの悲鳴にハッとする。きっと立ち上がってしまえば膝まであった髪の毛もお腹までになっているんだろうな。
地面につくかつかないか、そんな髪の毛を自分の指で掬い取った。
「うるさいなぁ。それに最近あんたたち調子に乗ってんじゃない?黄瀬くんが入部したからって調子にならないで!」
『っ……』
「ぃっ……たっ……」
「あははは!ざまぁみろ!ブスなんだから自覚しなよね」
『……なこと、ない』
「はぁ?」
『私たちが不細工なら貴方達はもっと不細工だ!』
歪んだ顔、性格。
長い爪には何か塗られている。例えこの学校の校則が緩くても、ここは勉学の場だ。そんな汚い身なりをしている人にそんなこと言われたくなかったんだ。
「っ、なんですって」
『どうやったらこれをやめてくれる?』
「辞める?そんなのできるとでも?」
『できると思ってるから聞いてるんですが?』
言葉を覚えて良かったなって思えることはこういう風に言い返せること。
でも私が望んでいるのはそんなことじゃない。話すっていうのは楽しく会話することじゃないのかな?こんなの、楽しくもないよ。
「じゃあさ」
―土下座して辞めて下さいって言えよ
私の髪の毛を切った一番派手な女子生徒が嫌味な笑みを浮かべながら私に言い放った。ああ、この人も可哀想。
『辞めて……下さい』
「あはは、まっぬけー!」
ああ、いつになったら終わるんだろう。きっと終わりなんか見えないんだろうな。
わざわざやりたくもない土下座をして頭を下げたのにどうしてそんなことするんだろう。
もう、嫌だよ。
「光ちゃん!」
『ぐっ……』
横腹を蹴られたんだ、笑われながら。
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