10歳の時、私が知ったのは『死』というものでした。


『せ、い……奥様は……』


「……」


下を無表情で見ている征は泣かなかった。


「光が俺の分も泣いてくれてるから」


そんなことないよ。私は私が悲しいから泣いてるんだよ?
征の気持ちなんかちっともわかんないしどうしたらいいの?なんで泣かないの?


『ふっ、く……ぅ……え…ぅう……』







真っ黒な服を来て、みんな集まって、何してるの?奥様は?奥様はどうして箱の中にいるの?
そうやって征に聞くと抱きしめながら言われた。


「母様が死んでしまったんだ。これはお葬式」


ポツリと耳元で聞こえたのはその言葉。
死というものはなんて悲しいんだろう……。だってもう、奥様はお母様は私にお歌を歌ってくれない。抱きしめてくれない。頭を撫でてくれない。


お母様は動かなくなっちゃったから。


『ぅえ……っく……わぁぁあ……!』


嫌だ、嫌だっ……お母様……お母様は私の名前も呼んでくれないの?お母様……。


「光、一度外に出てて。すぐに俺も行くから」


『……わかったっ』


大きなホールに出るとそこには沢山の人がいた。ハンカチで目もとを抑えてる人、扇子で口元を押さえて話してる人。
みんな様々。でも、聞いちゃった。


「これで、赤司の勢いが止まってくれたらな……」


勢いが止まってくれたら?奥様が亡くなったから?そんなことさせないよ。でもどうしてそんなこと言うの?
やめて、奥様の死を喜ばないで。


その場にいたくなくて、私は建物の外に出ていた。



***


外は雨が激しく降っていた。まるで私を征が拾ってくれた時みたいな、大雨。バケツをひっくり返したような。


『……雨、嫌い』


ポツリと呟いたのは本心。
ザーザーうるさいし濡れる。何よりもあの日を思い出すから嫌い。


あの日、私は寝てたの。なのに起きたら道にいて、何処かもわからなかった。そしたら偶々征が通ってくれた。だから、今がある。
けど、捨てられたんだってわかったのは目覚めてからすぐだった。
征が何を言っているかはいまいち分かってなかったしただ伸ばしてくれた手を私はとったの。だから今ここにいる。
私がここにいるのは征が手を伸ばしてくれたから。


ザーザー雨が降る。
それを私は階段に座って見ていた。


「……光か」


『!旦那様……』


「征十郎が探していた。行ってやりなさい」


『は、はい……』


「お前は、悲しいか?家内が死んで」


『!当たり前です。もう私の名前を呼んで頭を笑ってなでてくれる奥様はいないんですから』


「わかってるのか、死の意味が」


『……はい。もう、奥様はこの世にはいらっしゃらないのですね?』


「ああ……お前もきちんと話せるようになったのだな」


結構前からなのに、ちゃんと旦那様ともはなしていたのに。
カツカツと靴の音を鳴らしてその場から居なくなってしまった旦那様。どこに行かれたなんて、私は知らない。





「光!?何処だい?光……!」


『征……?』


「!光!」


心配そうな顔でこちらに走ってくるのは真っ赤な髪を揺らした征だ。
一目散にこちらに向かってきたと思ったら力いっぱい抱きしめられていた。


『い、いた……』


「お前まで、どこかへ行ってしまったのかと思った……」


『え?』


「約束だ

もう俺から離れるな。お前まで失いたくない……」


そんなに悲しそうな声で言わないで。


『征、泣きたかったら泣いていいんだよ?』


―光、征十郎は強いけど脆いの。人間頑張りすぎたら壊れるわ。征十郎を支えてあげて。落ち着く場所を作ってあげて?ね?


ねぇ、奥様は落ち着く場所があったのですか?頑張りすぎたんではないですか?


「っ……ぅ……」


―わかりました!


―よろしい。さすが光!


―えへへー


―撫でてあげましょう。おいで


―はいっ。奥様


―私のことはお母様って呼んでちょうだい?堅苦しいわ


―でも……


―二人の時だけでもいいのよ。私がそうして欲しいのだから


―わかりました、お母様!


―なぁに?


―ふふ、何でもございませんよ


奥様、いいえ、お母様。
私、征との約束守るよ、頑張る。だから、見守っていてください。


『ずっといる。ずっといるよ』


そう言って彼の震えていつもより小さく感じる体を抱きしめ返した。


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