いつものように自転車をぐん、と漕ぎはじめた時、高尾は確実に背筋が凍るのを感じた。どうやらタイヤがパンクしているような感覚を覚えたからだ。確認してみると、それは簡単にべこりとへこんでしまって落胆する。いつもの移動手段がなくなってしまい高尾は珍しく焦る。なんたって自分だけじゃなく、もう一人困る奴がいるのだ。さて、どうにかしなければ遅刻は決定だ。着信履歴から、いつも後ろに悠々と乗っている例の名前を探して通話ボタンを押す。それは3コール目ですぐに繋がり安堵した。

「真ちゃんおはようあのな!チャリアカーのタイヤがパンクしちゃって漕げないからごめんけど歩いて行ってて!遅刻したらいけねーし!」

高尾はそうやって一気に言葉を並べてから、さらに最後にごめんねをつけて、電話を切ってため息をひとつついた。当たり前とでもいうか、普通の自転車はなくてまったくやってられない。見ていないけれど今日は、自分が緑間のいうおは朝の占い最下位なのかもしれないなぁと思った。


高尾が遅刻さながらゆっくりと歩いていれば、ポケットの震動が着信を知らせた。ディスプレイの表示に思わず目を見張る。それから高尾は慌てて画面をスライドさせた。なにかあったのだろうか。

「もしもし真ちゃん?」
「高尾、どこを歩いているのだよ」
「あー、遅刻だなって思ってまだ家の近く」
「迎えにいく」
「は、ちょっなに言ってんの?歩きだろ?」
「馬鹿か。自転車に決まっているだろう」
「ち、ちょっと待って!てかさ、」
「うるさい。いいからゆっくり歩いておけ」

ツーツー。無機質な切れた音を聞きながら高尾は、お前チャリあんのかよとか、漕いでる姿が似合わないとか、そもそもチャリ漕ぎながら電話なんて、いつも俺がしようとしたら違反だなんだうるさいのにとか、そういうことをつらつらと考えていた。それからしばらくして無事緑間と合流したが、やはり高尾は笑ってしまったのだった。緑間が自ら自転車を漕いでいるなんて。いつもは高尾が漕いでいるので何も思わないが、緑間が漕ぐ機会がないあたり、世界はうまくできているのかもしれないと思ったくらいだ。

「真ちゃん!それは…それはないわ…!」
「なんなのだよ!はやく乗れ。遅刻したらお前のせいになるのだよ!」
「はー…うん、つーかこっから俺が漕ぐから真ちゃん後ろでいいよ」
「いいから乗れ。確実に俺の方が速い」

それならいつも漕いでくれればいいのに、と高尾は思ったが、じゃんけんで負けているのは自分なのだから何も言えなかった。後ろに乗っているだけで自転車は軽々とスピードが上がっていく。緑間はいつもこんなに楽な思いをしているのか。まったくうちのエース様は運の強さも並外れではないのだろう。

「後ろって楽ちん!ほら真ちゃんあと10分しかないよー!」
「くっ…高尾うるさいぞ!俺は人事を尽くしているのに遅刻など許せん!」
「あー風きもちいー!しんちゃーん!」
「なんなのだよ!さっきから!」
「すきー」
「………」
「なあ、学校終わったらパンク直しにいこうぜ。お迎えありがとな、エース様」

ひゅうひゅうと無言が風に流されていく。緑間の真っ赤に染まった耳だけが見えて、高尾は思わず笑ってしまいそうになった。だけど自転車のペースは落ちないのだから、それさえおかしい。このままだと遅刻はないな、と高尾は確信する。前言撤回。もしかしたら今日は蠍座が1位かもしれない。

130114

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