1.

ポケットから取り出したそれに落ちる雨をなぞりながら、宮地はしまったなぁと思う。普段から音が鳴らないようにしていたのはそれで困ることなんてめったになかったからだ。スマートフォンがちかちかとランプを点灯させていることに気づいたのは、最後の着信があってから二十分後だった。少しだけ溜め息を漏らす宮地の足元が静かに濡れていく。一番上の名前を選択してかけ直してみても出ない限り、怒っているか雨に濡れているかのどちらかだ。珍しく着信が五件も入っているのを見て自然に足が早まるのを抑えつつ、こんな雨の日に来るなんてやっかいだとでも言うように宮地はめいっぱい水溜まりを蹴る。

きっと本人は気づいていないけれど、昔から何か嫌なことがあると赤司は宮地へと足を向けた。嫌なことといっても赤司は出来るだけ自己で解決していたし、それができないような性ではなかったので特に頻繁なものではなかったけれど。しかしそれも、大学生になった宮地が、地元を離れて大学生活に慣れる頃にはすっかり音沙汰のない状態になっていたはずだ。なんだか懐かしいようなどことない寂しさを思い出すように着信履歴の名前を目で追ってみるけれど、こまめに連絡を取っていたわけでもないので、宮地には赤司の困ったような顔も訴えも理由も、それこそ何も思い付かなかった。ただ、地元を離れる時にこっそりと教えたアパートの住所を、頭の良い彼が覚えていてくれたらしいことは確信した。


2.

「あ」
「遅いよ、馬鹿」
「誰に向かって言ってんだ。つーか久々に会ったのにそれかよ」
「久しぶりだね、清志さん」
「あーもういいからとりあえず中入れ」

アパートの階段を上がれば部屋の前には予想通り、髪を濡らした赤司がそこにいた。電話かけ直しただろ、と言いながら鍵を回せば、ああ、濡れるかと思って、とポケットの中からスマートフォンを取り出すあたりどこか抜けている。怒ってはいないようで安心するが、どうにも様子を見るがぎりわざわざ来た理由が分からなくて宮地は首をかしげた。

「わあ、清志さん生活できてるの?」
「なめんな。あと呼び方気持ち悪いから」
「ふふ、久々すぎてなんとも。ね、清志」
「まぁ話は後でいいから、赤司お前シャワー浴びてこい。風邪引く」

部屋に入った第一声もそれかよと宮地は思ったけれど、口には出さずに洗面台にあるバスタオルを投げる。その配慮を知ってか知らずか、濡れていることなんてさぞ気にしてもいないような素振りで部屋を見渡しながら赤司はうん、と返事をした。まじまじと見られていることになんだか落ち着けないが、宮地はこう見えて綺麗好きな方だったし、部屋はそんなに散らかってもなかったので安堵した。茶色と黒を基調にまとめられた部屋に、挿し色の赤いソファを見つけて赤司は少しだけ頬をゆるませるようにして、シャワー借りるね、と洗面台へと向かった。実家から運んで来たものだったので特に赤いソファに意味はなかったけれど、どうにも赤司の言動のひとつひとつに緊張してしまっている気がして、なんだからしくないと宮地は鞄を投げた。


3.

「大きすぎるよ」
「しゃーねえだろ。それしかないんだっての」
「清志、背伸びた?」
「伸びてません。赤司が縮んだんじゃねーの 」
「うるさいよ。まあいい、シャワーどうも」

赤司との身長差をできるだけ配慮して、できるだけ昔の、宮地には少し小さくなってきたようなものを選んだけれど、やはりシャツは大きくて肩が落ちてしまっている。下はなんとか引きずらないように裾を捲ってするするとリビングヘ入ってきたのでまあいいかと触れないでおく。淹れたてのカフェオレを出しながらソファへと導いたけれど、ところで何から聞けばいいのか分からなくて宮地は困った。どうしようかなぁとごまかし程度にカフェオレを啜れば、大人しく宮地の隣へと腰を下ろした赤司が先に口を開いた。

「今、僕が何で来たのかって思ってるね」
「…当たり前だろ。久々だし」
「特に理由はないよ」
「あ、そ。どーよ、バスケは」
「相変わらず。清志も真太郎達と連絡は取ってるのかい」
「あー…いや、思ったより忙しくてな」
「そう」
「で?」
「なあに」
「どーなの赤司は」
「…僕は隠すのが下手になったかな」
「っはは、いや、相変わらずたいしたもんだわ」
「…何が可笑しいんだ?宮地清志」
「おーおー怒んなよ」

赤司が怒るとフルネームで呼ばれることを思い出して、ああ懐かしいなぁと思うあたり、意外に赤司の意外な面を知っているのだなぁと宮地は思った。するすると糸がほどけていくような感覚を覚えて、概ね半年くらいの空白が埋まっていくような、そんな気がしている。


4.

それからぽつりぽつりと、赤司は今のチームの話をはじめた。「赤司が凄い」と客観的に述べる時、それは家柄や頭の良さや性格や才能をすべてひっくるめてのものであって、例えば具体的に何がと聞かれても上手く答えられないと、ずいぶん昔に緑間がそういったのを宮地は覚えている。もちろん宮地だって赤司の凄さは認めていたが、それが意外にも負担になっていることを知ったのは赤司と知り合ってからも随分と時間が経っていたと思う。緑間は、言うなれば赤司に憧れのような、ざっくりと言えば神様のような存在に近いものを持っていると、宮地はそう思っていたし、きっと間違いではなかった。それは時に緑間のキャパシティを広げることも、狭めることもした。そのたびに宮地は、赤司が知れば息苦しくなるだろうなぁと考えていたし、ある程度距離を保っている宮地からしてみれば、赤司や緑間の才能は認めるけれどそれは神様なとではなかったし、ちゃんとした人間であった。

「んで、それがめんどくさくなってきたと」
「面倒というか、うん、なんだろうね」
「神様って、赤司のこと緑間もそう思ってる気がしてたわ」
「僕にだってできないことはある」
「俺に言われてもわかんねーけど、それが負担なんだろ?」
「そういうわけではないけれど」
「はいはい」
「…たまに、これでいいのかと思うよ」
「ふーん」
「清志は人の話を聞かないね、相変わらず」
「聞いてるっつの。つーかそう思ってんなら来んなよ」

話を聞いて欲しいだけだと言いながら赤司はいつも助けを求めないので、宮地はそれなりに返答に困る。緑間がそう思っていたように、今のチームでも赤司はすっかり神様のような存在になっているらしかった。いつかこうして自分の首をしめていくことを知らずに、全員に手を伸ばしてやろうとするからいけない。赤司はきっと気づいていないけれど。

「なんだ、冷たいね」
「元々こういう奴だよ」
「ふふ、そうか」

本当は久しぶりに会いたかっただけなんだ、と赤司は笑いながらソファを揺らす。それと一緒にシャンプーの匂いが鼻をくすぐる。なんとなく、緑間や今のチームには見せたことのない顔のような気がした。宮地は今の赤司をよく知らないけれど、本当になんとなくそう思った。赤司は笑わないと緑間は言うけれど、たぶんこれからもそうやって生きていくのだろう。

「征、ほらいーこいーこ」
「わ、ちょっと、馬鹿やめろ」
「轢くぞ。だいたいお前、俺に何て言って欲しくて来たんだよ」
「…なんだろうね、本当に聞いてもらえるだけでよかったのかもしれない」
「不器用なやつ」
「それ、清志にしか言われない」

だろうなぁと思いながら赤司の首にかかるタオルを頭から被せて、まだすこしだけ濡れた髪を軽く拭きながら赤司の視界をふさぐ。きっといろんなものが見えすぎている。手のひらに伝わるぬるい温度に、ああ人間だなと宮地は思う。いっそこのまま沈んでしまえば楽なのに、赤司はそれを選択しない。努力を知らないわけではないから、宮地は赤司を嫌いになれない。

「征十郎、あと二年踏ん張ったら俺が養ってやるよ」
「ふふ、なにそれ」
「ああでも、征の方が金持ちだなクソ。贅沢め」
「なるほど。清志が僕の神様か、悪くないね」
「神様な、いいかもしんねぇわ」

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ツイッターの診断メーカーでのお題。剥靴の椎木ちゃんに捧げました宮赤!マイナーを愛してるしーちゃんに提供した結果が残念になりました。

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