高尾にとっては、宮地は綺麗に綺麗に見えているのに、いや、見えていたのに、どうやらそうではなかったらしい。それに気づいたのは今であって、宮地と高尾意外に誰もいない部室に、前触れも無しに押し倒されてからだった。転がっているのは宮地と高尾と、すこしの湿布の匂いと、それから包帯しかない。

「宮地さん、どしたんす、か」

足、と呟いて短く息を吐けば、宮地は思った通り眉間に皺を寄せて、それから悲しそうな苛立ちの見えるようなそんな顔をしたので高尾はもう言葉を続けるのをやめた。ぐぐ、と喉を絞められているその感覚に吐きそうになる。

「…気づいてると思ってたわ、お前は」
「みや、さ…はなし、て…」
「うるせぇ」

高尾は宮地が怪我をしていることに気づいていた。少しだけ引きずるような足を見て違和感を感じていた。適当な言い訳をしてテーピングでもするつもりだっただろう宮地を追いかけて部室に来たのは良かったのだけれど、こうして無理矢理押し倒されて首を絞められているとなれば、木村や大坪でさえ宮地の異変に気づかないことに腹立たしさを覚えるわけでもなく、気づいてしまった自分に対しての後悔しか滲み出てこない。


「あ…みや、さ、」
「…っくそ……!」

じりじりと力が込められていく。酸素が巡らない頭で、いっそ吐いてしまった方が楽だと高尾は思う。生理的な涙が滲んでぼろぼろと流れていく。宮地の持つその手が怖いと感じたのは初めてだ。
酸素を求めるために足を振り上げようとしたけれど、はっとして高尾は抵抗をやめた。それは宮地の怪我している方へ当たってしまうのを恐れたからであって、もういいやと身体の力を抜けば、思った通りに緩やかに酸素が取り込まれて息が荒くなる。宮地ならきっと離してくれると考えてやめた抵抗だったけれど、まさにその通りすぎて、いやに冷静に、なんだか優しさを捨てきれてないなぁと高尾は悲しくなる。

「っく、は…っ、」
「…大会が近いから、内緒にしとけよ」
「は…俺が、言うと思った、すか」
「違う」

柔らかい金色が項垂れたまま、静かに生まれる言葉を拾うように高尾は耳を傾ける。こんなに頼りなかったかなぁと、なんだか全てが悲しいものでしかなくて再び目頭が熱くなる。このまま涙を流したところで、きっと怪しくはないだろうから、一粒だけ流して静かになくした。

「…俺はお前が嫌いだよ、高尾」
「…そうっすか」
「正直一年のくせに、って思ってる。緑間もだけど、自分と何が違うのかって。俺が苦しかった二年間を、お前は過ごしてるから」

宮地が溢していく言葉に驚きなどしなかった。それどころか、当たり前だよなぁと納得してしまって、高尾は何も言えずに目線だけを下に落とす。キセキの世代と呼ばれた逸材の緑間を除けば、一年のうちからのうのうとレギュラー入りをするなんて、そう思われても仕方のないことだと割り切ってきたことだ。しかし高尾だって、実力があるからレギュラーは当たり前だなんて思ったことは一度もない。緑間を見れば才能の違いにいつだって悔しいし、先輩を必死に追いかけてもいつまでも到底追い付かないのだ。だけれどそれを言ったところで、高尾には今の宮地を救えないし何の励ましにもならないことだけはわかった。大丈夫ですか、なんて心配する言葉をかけるタイミングも、次の試合までには間に合いますよ、なんていらない言葉をかけるつもりもなくなった。けれど言いたいことは確かにあって、宮地さん、と言葉を繋ぐ。追いかけてごめんなさいなんてそれも、口に出すのをやめた。

「宮地さんは優しいから、そうやって言ってくんねぇと」
「…優しくねぇよ馬鹿」
「俺、甘えてだめになっちゃいます」
「……ちげぇって、」
「あと、俺は宮地さんのこと、好きです」
「俺は好かれるほど綺麗じゃねぇよ」
「…うん、いいんです、先輩」

じゃあ先に練習戻るんで、宮地さんはテーピングちゃんとしてから戻って来てくださいねと高尾は部室のドアを開ける。泣きたいのは宮地だということくらい、高尾にだってわかっている。いつまでもここに居ることなんてできるわけがなかった。

「…悪かった」

静かにドアを閉めながら、高尾はその言葉を噛み締める。宮地はきっと、どろどろに憎むなんて言葉を知らないまま生きてきたのかもしれなかった。謝るなんて間違っているはずなのに、その一言をいつだって忘れない。その優しさが、高尾にはやっぱり悲しい。


〜130428
高尾をどろどろに羨ましがっている宮地。
KCNのきりもちゃんに捧げました!初の宮高を。お粗末ごめんなさい。

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