高尾は困っていた。いつものように自主練に付き合っていれば突然の大雨に見舞われて、帰ろうとしても帰れない状況がこれだ。いつの間にか、普段体育館を出る時間より三十分も過ぎてしまっている。今日の天気予報は雨ではなかったという緑間のひとことで、じゃあ雨上がるまでもうちょっと、とシュート練習を続けていたのだがどうにもやむ気配がない。信憑性のない天気予報を思いながら、高尾は体育館のドアへと足を向けた。緑間の意識は相変わらずゴールにある。

「なー真ちゃん、雨やまねぇよ」
「夕立のはずなのだが」
「ま、どっちみちリヤカーで帰れねーかぁ」
「傘は」
「え?あんの?」
「非常用に置いてある。つまり俺のぶんしかないのだよ」
「あーはいはい」

話しながらも途切れることのないボールの音に高尾がため息をつけば、ゴロゴロと重低音までもが聞こえてきて、いっぺんにやりきれない気持ちになる。とりあえずドアを閉めて入ってくる雨粒を遮断したけれど、はやくも練習着が少し濡れていた。なあ、もういつ帰っても一緒じゃねえの、と音のするほうへ振り向いて近づいていけば、ドン、という音がしたと同時に視界が真っ暗になった。ああ、まさか停電まで起こるなんてついてない。蟹座は2位って言ってたけど、今日のおは朝、蠍座は何位だった?緑間、




ドン、と、どうにも自分のドリブルしたものとは比にならない音がしたと思えば一気に視界が暗転して、緑間は動くのをやめた。夕立が過ぎるのを待っていたはずなのに、まさか停電まで起きるなんて。高尾が何か言っていたけれどそのせいで聞き取れなかったので、とりあえず見渡してみるがまだ目が慣れてくれない。

「おい、高尾、大丈夫か?」
「っあ、…真ちゃーん、どこよ」
「俺はここだ。お前そこを動くなよ。とりあえずそっちに行く。確かドアの近くにいたよな?」
「ああ、そ…だな、うん、わりと近いかも」
「…ドアを開けられるか?光があればわかりやすいのだが」
「真ちゃん、俺、鳥目なの」
「は?今さらなにを言っているのだよ」
「ちがう!っ、夜盲症、だから暗くてなんも見えねえ、の」
「な、」
「だから、ごめん。ドアもわかんね、わ」

まさか、と言いかけて高尾の声がすこしだけ震えていることに緑間は気がついた。息の繋ぎかたすらもなんだか。そういえば、一、二度だけすっかり日が暮れてから帰ったことがあったが、今日はゆっくり帰ろうぜ、なんてやけに喋りながら帰ったような気がしたのを思い出す。その時に言わなかったのは高尾の強がりか、緑間がいたからか。それは緑間にはわからないけれど、ふつふつと気づかなかった自分に嫌気がさす。ずいぶんとこの環境に慣れすぎていたようだ。ゆっくりと、確かに高尾のいる方へと近づきながら、緑間はそう思った。

「高尾」
「…真ちゃん?っふ、は、」
「手を伸ばせ」

暗闇に慣れてきた頃に緑間の目にぼんやりと高尾が映り、それがおそるおそる手を伸ばしているのを見て、緑間はすこし早足に近づいた。どうやらまだ高尾は何も見えていないようだったので、もう一度名前を呼んで、それからゆっくりと手を握る。高尾の手は冷たく震えていた。

「し、んちゃん…」
「なぜいつも、大事なことだけは言わないのだよ」
「はは、ごめん。かっこわり、じゃん」
「ふん。相変わらず馬鹿なのだよ、高尾」

すこしだけ強引に肩に手を回して引き寄せる。こうしてみれば高尾ははるかにちいさくて、緑間へとすっかり収まってしまった。呼吸を整えるために、ゆっくりと背中をさする。は、は、と短く息を吐いている高尾に深呼吸を促せば、こくりこくりとちいさくうなずきなから深く息を吐いていく。なんだか儚いと思ってしまうのは、きっとそのためだ。

「ごめん、ありがと、ごめん真ちゃん、」
「いい。落ち着いたか」
「ん…真ちゃん、今日は歩いて帰ろ」
「ああ。だがとりあえず停電が直るまでこのままだぞ」
「え?真ちゃん、目慣れたんじゃねーの?」
「そうだったか」
「んん、ふは、違ったかも」

くつくつとうずまるように笑う高尾の手があたたかくなってきた頃には、停電は直るだろうかと緑間は指を絡めて握り直した。

130320

夜盲症+暗所恐怖症の高尾。暗所恐怖症は言葉に出してないけど、緑間は気づいてる。
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