※転生ネタ



「昔の俺たちはしあわせだったっけ」

高尾のその声が風に舞って、それはすわりと空気になる。言葉なんて、一度口に出したら戻らないけれど、うまく見えないものだからずるいよな、と言ったのはどちらだったか。

「聞いてる?」
「ああ」
「何考えてんの、真ちゃん」
「なんだかいろんなことを知らないまま生きているな、俺たちは」
「相変わらず話が噛み合わねーの」

なんか前もそうだった気がする、と高尾がわざとらしくため息をついて眉をひそませる。言い返しはしない。そういうくだらないことだけはしっかりと覚えている。なんなら頭から足の先の感覚までもしっかりと。幸せじゃなかったなんてことは、ない。だけど高尾が知りたいのは、きっと前世の俺たちはどういう別れ方を、どういう人生を歩いていったかということであって、たぶんそれが分かったのなら、結果的に幸せじゃなくたってそれでいいのだと思う。
だいたい生まれ変わる前の記憶が残っているなんて、どうかしていると思われてもおかしくはない話であるのに、高尾はそうやって信じている。それは俺も同じなのだけれど。

「そういえばさぁ、真ちゃん」
「なんなのだよ」
「…お前は幸せなのか、って、言った?俺に」
「は?そんな意味のわからないこと言った覚えはないな」
「最近また夢みてさ。思い出した」
「…お前はややこしいのだよ。いつもいきなりその話を持ち込んでくるな」
「もーやだなー真ちゃん。いまその話してたんじゃねぇの?」

高尾いわく、今でもそういう夢を見て断片的な記憶をすこしずつ完璧なものにしているらしい。俺は夢を見るなんてことはなくて、言った通りなぜか、感覚に至るまでも記憶が残っている。昔にはまだ俺たちが経験していないような悲しさだって辛さだってあったはずなのに、高尾の変わらない顔を見ていると、すべてを忘れていて欲しくはないけれど、思い出して欲しくはないと、そう思ってしまう。矛盾している。

「真ちゃんがさぁ、幸せかって聞いてきたから俺、うんって言ったんだよ」
「そうだったか」
「どうやら単純だったみてぇよ」
「否定はしない」
「うは、だろーなー」

知らないことが見えてくるのってこえぇよな、と高尾は笑っている。すこしだけ俯いて笑うのは、昔から変わらない。

「悟りたくなかったけど、たぶん真ちゃん泣いたよな」
「それはお前じゃなかったか」
「俺?ああ、目覚めたら枕濡れてた」

俺は、いらないことは知らないままでいいと思っているのに、高尾はそれを望んではいない。知らないことが見えるのが怖い、なんて言っているのに思い出すことをやめようとしない。なんで、なんて聞くのはもうやめた。一から十まで付き合っていたらキリがない。

「でも前世の俺はたぶん幸せだったよなーって、なんかそう思ってる」
「…そうだったか」
「ふ、受け答えのレパートリー少ねぇな、相変わらず」
「お前こそ、もうその話はやめればいい」
「え?なんでだよ」
「…だいたい思い出したところで何になるのだよ。また同じ運命を繰り返さないようにするためか?」
「んー、まぁそれもあるのかも知らねぇけど、でも俺が真ちゃんに振られてっから、思い出して辛いのは俺じゃん?」
「…それは、」
「いつもそうやって真ちゃんが辛そうな顔すっから、なんでかなって。もしかしたら後悔してくれてんじゃねぇのって」

あのさぁ真ちゃん。正直、生まれ変わる前の俺たちが幸せだったかなんて、どうでもいいんだわ。実はな。そう言う高尾の語尾が少しだけ跳ねるのを、俺は以前と変わらない位置で見ている。生まれ変わる前の関係なんて思い出したところで特に意味はないのに、と自分を押さえていたのは俺のほうだったのかもしれない。こうして名前も背丈も性格も同じように生まれて来たのは、何か意味があればいいなんて思うことだって、いつからかとっくに諦めていた。

「なのに、真ちゃんばっか辛い思いするように生まれてきたなんて、ずりぃから」

ああそうだ、あの時だって高尾は笑っていた。「言葉は戻せないのに目に見えないからずるい」と言ったのはきっと高尾の方だったのに、それを思い出せないでいたのは俺だってそう思っていたからだ。あの時、強がって笑っているその顔を見ながら、確かに。

「…俺は、お前が好きだった。言葉だけで離れようなんて、難しかったな」

後悔を忘れるわけでも、全てを共有するわけでもなく、きっと、今の俺にたくさんの記憶を残したのはこれを伝えるためなのかもしれない。驚くほど流れるように出た言葉に、なぜかそう思った。あの日の距離をなくすように、確かめるように引き寄せて抱きしめる。こうすればよかったなんて、後悔をする選択肢なんて、もうどこにもない。

「真ちゃんたら、すっかり大胆になって」
「ばかめ。すこし黙っておけ」
「…なあ、自分でもびびってんだけど、俺は、真ちゃんを好きだったことだけは最初から覚えてたよ」

130319

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