少しだけ痛む右手をどうにかしようと薄暗い部室へと足を運んだ。きっと誰も気づいてないけれど、なんとなく電気を付けずにそのままにする。部室の中はいつもより冷たくなくて、息をすうとなんだかぬるかった。もう春だ。
救急箱を開ければテーピングやコールドスプレー、湿布、ガーゼ、包帯なんかが綺麗にきっちりと出迎えてくれた。こんなに揃って並んでいるのは赤司がキャプテンになってからだ。なんだか救急箱に彼がそのまま詰まっているような気がして、頼もしいなあと黒子は思う。手始めにコールドスプレーを振って、とりあえず湿布をしようかと思ったけれど、それでは戻った時にばれてしまうかもしれないなと考えてとまどった。どうしようかと思っていればガラリとドアの開く音と、それからパチリ、電気がついて黒子は目を細めた。眩しい。

「テツ?」

部室に入ってきたのは青峰で、黒子はとっさにああ、しまったと思ったけれど、何もできないまま青峰はもうすでに黒子の横にに広げられた救急箱を目で追っていた。それから沈黙が、すこし。なにか言おうと口を開けば青峰は、テツ、ともう一度黒子の名前を呼んだ。

「怪我したのか」
「いえ、少し捻っただけです」
「やっぱりな」
「え?」
「いねぇと思ったんだよ。勝手に消えんなっての」
「すいません。気づかれないと思って」
「ばーか、なめんな」

そのままするりと近づいて来たと思えば、青峰が触れてくる掌はやさしい。箱の外に出されたコールドスプレーを見て、目を合わせたまま大げさにため息をついたあと、座れよ、と促されたので黒子は大人しく椅子に腰をおろした。

「氷貰ってくるから待ってろ」
「いいです」
「よくねーよ!なに言って、」
「青峰君」
「…なに」
「テーピングしてください」
「練習続けるつもりか?」
「だめですか?」
「だめです」

青峰がなんだか拗ねたようにそう言うものだから黒子は笑ってしまったが、じゃあ何でしてくれてるんですか、とは言わなかった。黒子の前にしゃがみこんで、青峰は綺麗に綺麗に黒子の手首にテーピングを施していく。手慣れたものだ。なんだかんだ青峰は自分に甘いのだと、黒子がぼんやりとそう思ってしまうくらいには。

「…青峰君」
「なんだよ」
「僕がここに来てから、こういうことはみんな、青峰君がしてくれてますね」
「…そうだっけな」

なんだかいつもより青峰の頭が近くにあって変な感じがする。こうしてすこし上から見るのは初めてだ。

「…うなじ」
「は?うな…なんかテツを見上げるとか気持ち悪いな」
「失礼な。はやくしてください」
「てめっ…はいはい、もうちょっと大人しくしてろ」

そうしているうちに、黒子の手首をきっちりと固定してから青峰が立ち上がったので、再び見上げる形になってしまった。これがいつも通りだと思ってしまって、なんだかすこし悔しい。

「よし、痛くねーか?」
「はい。ありがとうございます」
「…あと練習も1時間ねーから、おわったらちゃんと冷やしにいくぞ。いーな?」
「はい。…青峰君」
「ん?」
「一軍に来てから青峰君がいつもこうしてくれるので、実はさっき何をしていいのかわからなかったんです」
「湿布とか出そうとしてただろ」
「なんでわかったんですか」
「はは、別に湿布でも良かったけどな」
「はあ、そうなんですか」

でも、そのくらい、僕たち一緒にいるんですね。なんて、そんなことを言ったのはなぜかわからないけれど、きっといつもよりあたたかいせいにしていたい。ゆっくりと、窓からの陽射しが青峰を照らしていく。ああやっぱり、眩しい。そのせいか青峰は俯いていて、黒子からは表情が見えないけれど、きっと悲しい顔なんかは似合わない。

「青峰君、春ですよ、もう」
「…テツ」
「なんだか、はやいですね」

青峰がすこしだけ、眩しそうに目を細めながら顔をあげる。やっぱりその顔はあたたかくて、だけれどいつもと同じだなぁと黒子はそう思った。今ここは、黒子がいて青峰がいて、仲間がいて、すべてがやさしい。

「泣いてるのかと思った」
「こっちのセリフです」
「っはは、泣かせるために来たんじゃねーのになぁ」
「泣いてません」

黒子の世界はたったそれだけで満たされているのに、いつのまにかひどく大きくなっているのはなぜだろうか。

130311

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