ピピ、と無機質な音がしてドアが開くと、初めてそこで高尾が声をこぼした。真ちゃん助手席でいいよ、との言葉に甘んじておとなしく助手席側にまわる。運転するために飲酒は控えていたのに、よく考えれば高尾も飲んでいなかったのだと気づいた。そういえば、酒を飲んでいいのにと言われたような気もして、思い返せばなんともまあ珍しい。

「…ごめん、」
「何に謝っているのだ、お前は」

乗り込んで、バタンとドアが閉まったところで高尾が再びそう言った。それから、空気をごまかすようにエンジンをかける。車内が心地よいと思うのは、乗りなれたのももちろんあるが、高尾の部屋と同じような香りがするからだった。緑間が別に怒ってなどいない、なんて言わなくても、高尾は初めからわかっているはずなのに。

静かに車が動き出したところで、高尾が少しだけ音楽のボリュームを下げたので、溶け込みそうな静けさに夜を実感する。高尾がいつもよく聴いているオルナタティブやロックな音楽よりも、最近流行りの音楽が車内に多く流れているのは、妹が知らないうちに録音をして好きなように選んでいるからだ。いつだったか、かわいいだろうちの妹、なんて笑っていた気がするが、しばらく経ってからもそのままそれを流しているあたり、大切にしているなぁと思う。

「…真ちゃん」
「なんだ」
「ありがと、な」
「…だいぶ、お前のことを分かるようになりすぎているな」
「ん、はは、そうだな」
「まさか俺にまで当たってくるなんて」
「ああもう、本当悪かった」
「冗談なのだよ」

高尾は眉を下げるけれど、本当に冗談だった。元々どちらかが悪かった、なんてものではなくて、単に久しぶりにふたりで外食をしていたところで、元クラスメイトに会ってしまったのがいけなかった。しかもそれが、相変わらず不満をたらたらと流すような奴だったからなおさらだ。高尾は昔から、不満だけを溢れさせたり常識がないような人間に対しては、はっきりと、しかし音を立てないように静かに非難していた。それさえきっと緑間だけが知っていることだ。好きではないことを、高尾は一度だって口に出したことはなかったけれど。緑間は近くにいることで、高尾のだいたいの人間関係は掴めていた。広く浅く、常にうまくやっているこいつにもそういう感情はたしかにあったのだ。
だから、目の前の不満を溢れさせる奴に対して、お前さっきからうるさいねぇ、なんていつものように冗談らしく笑っていても、それを見ている緑間にまで冷ややかな目線や相づちを投げられてはもう、引きずってでも連れ戻すしかないのを知っていた。隠すことが得意な高尾をわかるようになってきたのはいつ頃だっただろうか。

「嫌いじゃねぇんだけどさ」
「そうだったのか?」
「…真ちゃんてたまに意地悪だよな」
「お前は隠すのが下手なのだよ」
「はっ、真ちゃん以外にそんなの言われたことねぇなぁ」
「そうか」

そうだろうなと思ったけれど、それは言わなかった。相変わらず高尾の運転は優しい。家までの道のりをするりと抜けるように走っていく。いつからか、ふたりで外食をする日には、必ずどちらかの家で過ごすことになっていた。きっと今日は高尾の家だろうと、ウィンカーを切った方向でそう思う。
昔から高尾はなんでも器用にこなしていたので運転の技能だってすぐに身に付けた。緑間だって、言わないけれど安心して隣に乗っている。それは意外にも、高尾が優しい、静かな運転をするからでもあった。なんとなく性格的に、言うなればスピード重視の運転をしそうなイメージを抱いていたが、全くそんなことはなくて驚いたことを、緑間は未だに覚えている。

「やはりお前の運転はなんというか、柄に似合わず優しいな」
「そう?安心して寝れるっしょ」
「認めたくないが、意外にな」
「ぶはっ、真ちゃんの運転は意外にもなんかこう…アクティブたよな」
「…どういう意味なのだよ」
「男らしいってことっすよ、緑間サン。ま、安心できるけどね。運転正確だし」
「茶化すな」
「ほら、本来の性格が運転にでるって言うじゃん。そんな感じ」
「くだらんな。なんなのだよそれは」
「ほんと、くだんねぇよな」

真ちゃんのこと、わかってるつもりなんだけど。高尾はすこしだけ目を細めてはは、と笑いながら、右にハンドルを切る。
なあ高尾、もしそうなら、お前は。

130308

なんだかんだ人間的に優しい高尾
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -