「ねえ黒子っち、体育館行こう!」

暇なんでバスケしましょうよ、と黄瀬君が今日も笑うたび、僕は自分の惨めさと黄瀬君の優しさにつぶされそうになる。もうやめてくださいと言えないのは、甘えとかすかな期待があるからだ。今までを捨てられるわけはひとつもなくて、まだどこかでみんなと楽しくバスケができるかもしれないと思っている。僕は必要とされたかった。

「すいません、今日は用事があるんです」

すこしだけ頭を下げて、すれ違う。黒子っち、と黄瀬君が僕の名前を呼んだけれど、今日は本当に待ち合わせの場所にいかなければいけなかった。昨日までのように振り向けずに階段を降りながら、ひやりと固いコンクリートの冷たさになぜか涙が出てきた。これも今日で最後か。
がら、と静かにドアを引けば、見慣れた桃色が目に入る。

「桃井さん」
「…テツ君。どうしたの」
「話があります、」
「ねえ、テツ君」
「…気づいてないふりをしてください」

僕がバスケを辞めることを、彼女はとっくに気づいていた。だから僕のほうを振り向いた時にははらはらと泣いていた。それは最後までうつくしい。桃井さんに笑ってくださいと言ったけど、今回ばかりは聞いてくれなかった。拭ってあげられる権利はもうない。僕は背中を向けた。


いつもとかわらないはずの校舎がこんなに寂しいものだろうか。自分で決めたはずなのに、僕は最後まで弱い。右ポケットの振動を手に取って画面をスライドさせると、画面には黄瀬君の名前があった。「明日も放課後いくっすからね」の文字と、彼の使う特徴的な顔文字が並んで僕を締めつける。そうして決まったはずの決意がぐらぐらに歪んでいく。さっきの笑顔を思い出してしまえばもう目の前がぼやけて歩けない。生温く落ちるそれは、寒さで滲んだものだと思いたかったのにだめだった。

もう一度画面を目でたどりながら、黄瀬君の笑顔を思い出す。さっきだって黄瀬君は笑ってくれていた。だけど僕はもう。

「…さようなら」

僕の中の黄瀬君は崩れずに、最後まで優しかった。

130126

黒子がバスケをやめる前の日の話
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