恋は欲深くさせる


京都の一件以来から急激にゆらはリクオと親しくなった。

カナからアルバムを見せて貰った時はただ調べるだけだったのに。

今は小さな欲が出て来ていた。

ウチを見て欲しい。
誰にも触れないで。


胸がチクチクと痛むのは先程の男女二人の光景が頭から離れないからだ。

男は誰にでも優しいと評判のリクオで、女は可愛いと評判の違うクラスの子だ。

名前は知らない。
顔だけ知っていたのは噂で聞いていたから。

彼女がリクオのことを好きだっていうのを。

彼女は頬を染めてリクオに告白していて、リクオが何か言う前にゆらは走り去っていたから何て返事をしたか分からない。

受け入れたのだろうか、それとも振ったのだろうか。

最近の彼女は良くリクオに話し掛けて触れたりしていて恋人同士にも見えたりしていた。

リクオもそんな彼女に悪い気はしないようで良くゆらが好きな笑顔で彼女に接していた。

………彼女の告白を受け入れたらどうしよう?

友達として祝福するの?


………彼女との仲を相談されたらどうしよう?

友達として応援するの?


嫌だ、嫌だ。

そこまで考えてゆらはハッとした。

「……奴良くんは友達やない、敵やった」

彼は妖怪なのだから、敵なんだと思い直して、ゆらはまた胸中で疼痛を覚える。

「花開院さん!」

知っている声に呼び止められ、ゆらは驚いて振り返ろうとしたら階段で足を踏み外してしまう。

「花開院さん!!」

焦った様な彼の声と体を抱き締める温かい熱。

「危なかったぁ…」

へにゃりとした自分の傍で聞こえる声に、ゆらは何が起こったのか直ぐは分からなかった。

……抱き締められてるんや、よな?

自分より少しだけ大きい体に包まれる感覚は温かいを通り越して熱かった。

普段の彼は頼りなさそうな弱々しい印象を受けるが、やはり男なのだとゆらは思う。

自分を抱き締める腕は華奢な体とは思えない程、力強かった。

「あ、ごめん…その直ぐ離れるから」

この態勢に恥ずかしくなったのか、慌ててリクオが謝罪する。

「ううん、ちょっとだけ、このままでいさせて」

離れそうになった彼の制服を震える掌で掴む。

「うん…どこも怪我してない?」

「平気や、びっくりしたけど…」

「怪我してないなら良かった」

ゆらが階段から落ちそうになって怖さに怯えていると思ったのか、リクオはゆらの背中を優しく撫でた。

宥める様なそれにゆらは彼の優しさを味わう。

不意にそっと視線を上げれば、彼が好きだと噂される彼女が、彼に告白した可愛い女の子が驚いた様に見ていた。

偶然に通り掛かったのかもしれない。

だが、リクオはきっと彼女を振ったのだと分かった。

でなければ、優しい彼が彼女を一人にするはずがない。

ゆらは彼女に気付かなかった振りをして、リクオに甘える様にもっと密着をした。

「助かったわ、ありがとな」

小さな声でなるべく声音を震わせて言えば、リクオは宥める様にゆらの髪を撫でた。

単なる事故でこうなったウチと奴良くんの様子を彼女の目にはどう映っただろうか。

甘くて睦言を交わす恋人の様に見えたなら良い。

それが噂になれば、もっと良い。


ゆらはリクオに抱き締められる様な態勢でリクオに気付かれない様に小さく暗い翳りの笑みを浮かべた。

「(……周りを牽制する前に早く告白してくれないかなぁ…?
まあ可愛いから良いんだけど…)」

リクオは内心で告白してきた彼女には悪いと思いつつも、ゆらの思いもよらぬ態度に、気付かれない様に苦笑した。





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