愛には成れない


*リクオと氷麗が許婚前提昼ゆら
*夜昼別個体+微ヤンデレ夜
*夜+氷→昼ゆら





橙色が世界を覆う頃、誰も居ない教室にリクオと氷麗はいた。

「別れて下さい」

「無理だよ」

氷麗の突然の言葉にリクオは呆れたような困ったような表情で彼女を見る。

彼女がこの話を持ち掛けることが、初めてではないからこその態度だ。

「……リクオ様は私のこと、好きですか?」

「勿論、氷麗のことは好きだよ、大事な婚約者だしね」

「だったら!「でも」

氷麗の言葉をリクオは遮って告げる。

「彼女のことは愛してるんだよ」

「っ、!!」

真っ直ぐなリクオの視線と言葉に氷麗は俯いて唇を噛み締める。

氷麗はリクオの許婚として、今の今まで過ごしてきた。

親同士が決めた許婚だとしても、氷麗は勿論、リクオだとて、反対はしなかった。

リクオが成人したら結婚するのだと氷麗は信じて疑わなかった。

彼女が自分たちの前に現れるまでは。


二人はそれが運命だとでも言うように、互いに惹かれ合い、恋に堕ちた。

氷麗はそれを信じられないような心境で見ていた。

許婚だとしても氷麗はリクオに恋していたし、リクオはぬら組の大事な若頭でもあったから、ぬらりひょんの血が1/4流れていようと、昼の間は人間である彼を全身全霊で守ってきた。


彼はそんな氷麗を裏切り、彼女との交際を始めた。

ぬら組と彼女の家はそのことを黙認している。

なぜなら、彼は前述の通り、ぬら組の大事な若頭であったし、彼女と彼は結婚が出来ない関係だからだ。

勿論、リクオに氷麗という許婚がいるからでは無い。

「彼女は陰陽師なのですよ」

「分かってるよ」

彼女、花開院ゆらは陰陽師として名高い花開院の本家の娘であり、後継者候補でもあった。

クラスメートから友人になり、友人から恋人となった二人を勿論、クラスメートや友人たちは祝福した。

しかし、片や陰陽師、片や妖任侠の若頭。

双方の家は当然、祝福など言語道断、猛反対をした。

だが、彼等が中学生だったことと、幾度にも及ぶ話し合いで、というか、ぬらりひょんと十三代目秀元の決定で二人の仲は黙認となった。


しかし、黙認となるのは恋人までで結婚は出来ない。

それを承知の上でリクオとゆらは付き合っている。

「どうして彼女なんですか?」

どうして私じゃ駄目なの、苦しくて辛くて氷麗は哀しかった。

「君には酷いことをしてると思うけど、」

彼女じゃないと駄目なんだ。


氷麗は込み上げる涙を唇を噛み締めることで堪えてリクオの前から走り去る。


私はこんなに好きなのに。
私は貴方を愛してるのに。


優しく告げる貴方の言葉は私の心を抉る。


「氷麗っ!?」

リクオが呼び止めるが、氷麗には彼の前で泣かない自信が無かった。


「あーあ、可哀相に……
女には優しくしねぇとな」

「!………君に言われたく無いんだけど」

不意に聞こえた声にリクオは一瞬だけ顔を歪める。

「俺はいつだって優しいだろ、お前には」

「何それ、僕に君の女になれって?
冗談じゃないんだけど」


ふ、と微笑む夜のリクオに昼のリクオは嫌な顔を隠しもせずに告げる。

「つれねぇな……まあ、そこが気に入ってるんだが
言っとくけどな、」

「!?」

一瞬で昼のリクオに夜のリクオは口づけが出来そうな距離に近付くと口端を歪める。

「憧れを恋とは呼ばないんだぜ?」

言われた昼のリクオはカッと赤くなった。

「同じ立場で居ながら全く違うあの女が羨ましかったんだろ
だからお前は憧れたんだろ」

強くて自由に生きるあの女と、籠の中にいて、常に護衛という名の監視が付き纏うお前。


「お前のは恋じゃない
恋に恋する子供の飯事だ」

「違うっ!!」

夜のリクオに告げられて、昼のリクオは激高する。

きつく自分を睥睨する昼のリクオに内心で嘲笑する。


「違う? 何が?
あの女に憧れて、それを恋だと錯覚したお前の何が違う?」

唇を噛み締める昼のリクオに夜のリクオは言い知れぬ喜びを感じる。

泣けば良いのに。

そうしたら、その涙を嘗め取って、誰よりも優しくしてあげるのに。

お前はいつも違う手を掴む。

お前を本当の意味で愛してやれるのは俺しかいないのに。

お前はいつも他の奴の優しさに触れて、それが真実だと疑わない。

可愛くて可哀相なお前。

奴良組という籠の中に閉じ込められている憐れで愛しいお前。

早く気付けば良いのに。
誰よりもお前の為にあれるのは俺しか居ないことを。



「お前のは恋なんかじゃねぇんだ」

昼のリクオの頬に手を当てて、愛おしむように耳元で囁く。

優しく想うだけなら、恋じゃないと。


昼のリクオが反論しようと思った瞬間には夜のリクオが姿を消していて、昼のリクオは教室から飛び出るように出ていく。







所変わって、氷麗はゆらのところにいた。

「どうして貴女なの?」

憎々しい程の嫉妬を纏って氷麗はゆらを睨む。

「貴女さえ、リクオ様の前に現れ無かったら、」

「リクオ様は自分だけを見てくれた、なんて言いたいんか?」

氷麗の言葉の続きをゆらが言う。

いつだってそうだった。

リクオといる時に彼女の嫉妬はいつも感じていた。

眼差しが、態度が、雰囲気が、彼女の全てがゆらを嫉妬していた。

彼女の嫉妬も力もゆらは恐れていない。

常よりも冷気を纏った彼女が妖としての力を使うなら、自分も陰陽師の力を使うだけ。

「アンタさえっ、アンタさえ居なくなれば!!」

「そないなこと無意味やと思わへんの?
奴良くんの前にウチが現れんかったとしても、いつかは別の誰かが現れるんや
その度に消そうとするか」


ゆらの言葉に更に睥睨して氷麗は力を使おうとする。

ゆらはこの女は恐れる必要性が無いと思っている。

本当に怖いのは、

「そこまでにしとけ雪女」

それが現れてゆらは内心で舌打ちする。

「若……ですがっ!!」

「そこまでにしとかねぇとアイツに嫌われるぞ」

夜のリクオの言うアイツが誰なのか、直ぐに察して氷麗は最後とばかりに睥睨すると教室から出て行った。

「なんやぁ、珍しいこともあるもんやなぁ、ウチを助けるやなんて…」

ゆらは内心で警戒しつつ口を開く。

「テメェを助けた覚えはねぇな……」

暗い眼差しで自分を見る夜のリクオが悍ましく感じる。

雪女や他の者が抱く嫉妬じゃない。

コイツの感情は普通の恋愛での嫉妬じゃない。

暗く捻れて歪んでる。

何となく直感的に感じていたからこそ、ゆらは目の前にいる夜のリクオが恐ろしかった。

それでも昼のリクオを守る力は他の妖よりも信用が出来る。

矛盾してる思いが交差する。

昼のリクオに近付いて欲しく無いが、昼のリクオを誰より守れるのは夜のリクオしか居ないのだ。


「まあ、せいぜい恋人気分を味わってるんだな」

唐突に言われた言葉にゆらは顔を苦々しく歪める。

「結婚どころか、アイツの子を孕むことすら、お前には許されない」

暗い色をした眼差しが剣呑な光を帯び、赤く紅くきらめく。

そうなったらコイツは自分を躊躇することもなく、悲惨な状態で殺すだろうことは容易に想像できた。


言うなり消えた夜のリクオの言葉を頭の中で反芻する。

「……そんなん分かってる」

彼とは恋までが許されてる。
愛を紡ぐことは赦されない。

彼の、愛を遺すことは絶対に許されないのだ。

ゆらはお腹の当たりの制服をぎゅっと握り締めた。


バンッ

「ゆらさん!」

昼のリクオが現れてゆらは驚きに肩を震わせた。

「な、なんや、奴良くん
どないしたん、驚いたわ」

「ごめん、夜がいたから、こっちに来たんじゃないかと思って…」

「ああ、来たんやけど……直ぐに雪女連れて帰ったで」

嘘は言ってない。

事実、雪女を帰らせたのは彼だからだ。

「そう、なら良いんだ」

ホッとしたように呟いたリクオに、ゆらはチクリと胸が痛んだ。

愛を残したい。

彼を愛した証を、彼に愛された証を、

そう思うこと自体が許されないことだとしても、

彼と愛し合った証が欲しい――。


ゆらは切実に願うのだ。





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