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遊園地デート said1

とあるいつもの日曜日

突然、彼が切り出した

「メグ、遊園地に行きませんかぁ?」

メグと呼ばれたその少女は、飲んでいたココ アから唇を離した すこし、キョトンとする だって、二人は付き合って長いが、ここの喫 茶店や、互いの家に遊びにいくような、近場 なデートしかしたことがないから...

「チョロ君がどうしてもっていうんなら」

と一言、内心はすっごく嬉しい、遊園地なん ていつ以来だろうか、まだお父さんとあの女 が仲良かった頃..、3歳頃に行ったきりだ

「はい、どうしてもメグと行きたいです ねぇ」

大人な彼は、すべてを見透かしたかのように 笑う そんな彼の前では何を言ったって無駄である メグの本心は丸裸である

「・・・メグも、チョロ君と遊園地に行きた い...な」

少し照れてはにかみながら、素直にそう伝え ると 彼は優しくメグを引き寄せて、額にそっとキ スしてくれた ...物足りなくて、メグが口に仕返しする と、困ったように、照れたように、微笑んで くれた

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そして、次の週の日曜日 チョロ君と、遊園地に行く日

「円さん、行ってくるね!」

玄関まで見送ってくれた円さんに、行ってき ますのちゅうをする 円さんは、なんだかぎこちない微笑みで

「・・・行ってらっしゃい、気を付けてねっ」

という、なんだか目も泳いでいる 突然の遠出デートだから心配してるのか も・・・

なんて考えながらも、家を出て駅を目指す 遊園地までは、電車に乗っていく、チョロ君 とは駅で待ち合わせ

楽しみで仕方なくって、自然と足どりも弾む いつの間にか満面の笑みになって、駅に到着 すぐにメグは彼を見つけた、目立つ格好をし ていたわけでもないのに・・・

「チョーロくんっ!」

そのまま勢いよく抱きつくと、見透かしてい たかのように、しっかりと受け止められた そのまましばらくぎゅう〜っと抱きつくと、 チョロ君の香りに安心感を覚える

あぁ、チョロ君はメグの精神安定剤かも...

「メグ、ギュッとしてたいですけど、電車が 行っちゃいますよぉ?」

そんな言葉に、遊園地にはいきたいから、離 れなきゃって思うんだけど、なかなか簡単に はいかない だってチョロ君の腕の中って最高に居心地が いいんだもん

そんなふうに離れる様子のないメグを見下ろ して、頭をぽんぽんと撫でると、ベリッとメ グを引きはがした かと思うと、そのままメグをヒョイッと持ち 上げた

「そのまま掴まっていてくださいね、このま ま連れて行きますからぁ」

にこっというよりは、ニヤッと言う方が合っ ている そんな笑みを浮かべて彼はそのまま電車の方 へ向かう

メグは、チョロ君のいきなりのお姫様抱っこ に、お顔を真っ赤にしてあたふたする この駅はメグの仕事場なわけで、知っている 子も多いわけで・・・

こんなとこ環くんやユルビスに見つかったら どうしよう///

『朝からお熱いですね〜』

そんなユルビスの声が思い浮かぶ しかし、幸運にも駅には部下たちはいても彼 らはいなかった

「チョロ君、あの・・・もうおろしていいよ」

電車に無事乗ると、すでに電車の中には何人 か人がいて、恥ずかしさに耐えきれず、メグはそう切り出した

「そうですかぁ・・・残念」

チョロ君はそう零しながらも、メグをすとん と床に下ろした 朝も早いし、休日というのもあってか、電車内はかなりすいていた

2人は扉付近の席にちょこんと座った

遊園地のある駅まではおよそ50分ほどかかる
いつもはお昼からのデートなのに、今日は早起きしたため、メグはあまりの眠気にあくびが零れる

「眠いんですかぁ? 着いたら起こしますから寝ていていいですよ」

そう言いながら、優しく頭を撫でてくれる、 チョロ君の大きな手が、 気持ちよくって、いつの間にか、そのまま眠りに落ちていた

『次はーアミューズ--トパークパ--ラ前ー、パ ン--前でございます』

まだ覚醒しきってない脳に目的地である駅名 を告げる、車内アナウンスが聞こえた

ん?

と体を起こすと、おはよう、とチョロ君が微笑みかけてきた どうやら膝に寝転んでいたらしい

「わっ、ごめんね、チョロ君、重くなかっ た?」

慌てて身を起こすと、チョロ君は残念そうに 笑った

「いいんですよ、メグですからねぇ」

そうこう言っている間に、電車は目的地に到 着した

*************

電車から降りて、歩いて5分もかからないと ころにその遊園地はあった 楽しげな音楽が来る人を歓迎している

「うわ〜、人がいっぱいいるね」

流石に日曜の遊園地は家族連れやカップルで とても賑わっている メグたちの横を、若い子連れの夫婦が通り過 ぎる その母親に“あの女”の姿が重なり、メグは びくっとする

そんなメグの手に温かい体温が重なる

「メグ、はぐれないようにしっかり握ってい ましょう」

彼の方に顔を向けると、柔らかな温かい微笑 みがあった じんわりと、メグの心の傷を癒すようにチョ ロ君の優しさが染み渡っていく メグは、チョロ君の手を強く握り返して、頷 いた

「さぁて、どこからまわりましょうかねぇ?」

着ぐるみさんから、受け取ったパンフレット を広げて覗き込む 途端強風にあおられ、パンフとともに貰った 赤い風船がメグの手をするりと抜けていく

「あ!!」

という声もむなしく、風船は空高く飛んで 行っている チョロ君は、風船の行く先を見つめ、横にある街灯に目をつける

「これ、持ってて」

短く言葉を切って、メグにパンフを渡すと、 するりと街灯に登り、風船を掴んだ あまりの軽業に近くにいた人々から拍手が沸き起こる

拍手に対して、街灯の上に立ったまま、軽く 一礼してみせると、更に大きな拍手が起こる

チョロはそのまま街灯から一足でぴょんとメグの前に降り立つと風船をメグに差し出した

「今度はちゃんと掴んでいてくださいねぇ」

メグはチョロ君の言葉に悪戯っぽい笑みを浮かべた

「やだ、だってかっこいいチョロ君がまたちゃんととってきてくれるから」

メグの言葉にチョロ君は面食らったかのような顔をした

「うわあ、お熱いね〜・・・」

いきなり二人の背後から、女の人がさっと現れた メグは即座に拒否反応を示し、その女の人をにらんだ

「そんなに睨まないでよね、・・・それより あなたちょっとサーカスに出てみない?」

そんなメグを軽くあしらうと、チョロの方に 挑発的に微笑みかけた チョロはキョトンとすると、自分に向けて指をさし首を傾げて見せた

「そう、あなた、さっきの見てたよ、凄かったね」

「どう?彼女さんにかっこいいとこ見せたく ない?」

「・・・そうですねぇ」

チョロは思案するかのように、遠くのちょっ とした並木道に視線を向けた 一瞬チョロの口角が不敵に吊り上って見えた のは気のせいだろうか

「いいですよぉ、どこに行くか悩んでいたと ころですし」

にこりと余裕そうに微笑んでみせると、チョロはメグの手を握り締めて、サーカスを目指 した

*******

内心では彼がサーカスに出るのは反対だった さっきの女のひとの言いなりになるのも癪だし、チョロ君はかっこいいから、サーカスな んかに出ちゃったら、排除しなきゃならない 女がわんさか増えそうで・・・

でも、反対できなかったのは、メグの手を 握ったチョロ君の手に何とも言えない覚悟を感じたからで・・・ チョロ君は まるで、なにか大切なものを手 に入れるためにこのサーカスを通じて何かに 挑んでいるようで・・・

何も言えなかった

メグはただ何も言わずにチョロ君の手を 握り返した

しかし、そんな不安もサーカスについた瞬間 に吹っ飛んで行ってしまった 想像していたのより、だいぶ大きい そして 華やかである 入り口で3人のピエロがサーカスに来た人々を出迎えていた

そのまま進んで女の人に貰ったチケットの席 を探す そこはど真ん中の最前列だった

綱渡りもばっちり見れそうである

「なんだか、ピエロって懐かしい感じがする ね! さっきのピエロたち初めて会ったような気がしなかったっ」

遊園地に来たことはあってもサーカスに来る のは初めてだ 先ほどまでの不安はどこへ行ったのやら... メグはとっても楽しげである

「そうですねぇ、初めてじゃないのかもしれ ませんよぉ?」

意味深に呟いたチョロの声は、開幕のブザー にかき消されて、メグの耳には届かなかった

サーカスは、玉乗りやら、ライオンの火の輪 くぐりやらで大盛り上がり 興奮冷めやらぬままに、次の演目へ、そして また次の演目へと進んでゆく

そして、とうとうチョロの出番がやって来た

ピエロが一人舞台に立つ、スポットライトが彼に集中する

『さあて、このサーカスの名物である綱渡 り! 今回はお客さんに挑戦して頂こうとお もいま〜す!!!』

調子はずれの高い声、ヘリウムガスでも吸っているのかしらん そんな声に聞き覚えはないがなんだか見知った話し方をする

『チョロさん、ステージへどうぞ!』

チョロは、ピエロの方を見据えた そしてそのまま、行ってきますねぇ、と軽い 調子でメグに伝えるとステージに向かう

そんな彼の服の裾を掴む メグ

「・・・気を付けてね」

少し心配そうに声を震わせて呟けば、今度は ちゃんとこっちを向いて、大丈夫ですよぉ、 とほほ笑み、ぽんぽんと頭を撫でた

ステージにチョロが上がると、スポットライ トは一気にチョロに集中した 命綱をすすめられたが、断ったきっと逆に危ないだろうから

緊張が会場を覆う、さっきの街灯の上とはわけが違う、ここはその三倍くらいの高さがあ ろうか・・・

チョロは着実に歩を進めていき、ちょうど真ん中に差し掛かった、そのとき

“ブチンっ”

という不吉な音が会場内に小さく響いた

一瞬、どこにも身を置いていない解放感と不 安感に襲われ すぐに浮遊の時は終わり、落下していく 両側にはじけるようにしなる縄の片方に手を のばし・・・掴む

しかし、縄は勢いよく揺れて、サーカスのテ ントの幕に向かう このまま彼ごと突撃すると、テントが崩れてしまいかねない

どうする?

そんな彼の視界の隅に、先ほどの玉乗りに使 われていた玉が見えた 彼は瞬時に判断して、縄から手を離すとその 玉をクッション代わりにして、うまく地上に降りたった

流石の彼も、ふぅと一息つき、額の冷や汗を ぬぐう

その瞬間先ほどとは比べ物にならない、割れるような拍手が会場に湧き起った 全客総立ちでの拍手喝采である

引っ込んでいたピエロがここぞとばかりに出てくると

『ブラボ〜!!! 何とも素晴らしいパフォー マンスでしたね〜』

と、さも演出の1つのようにあの調子はずれの声で言った

パシンっ

乾いた音が響き、会場が無音になった ステージの上には、すまし顔のチョロ はっ 倒されたピエロ そして真っ赤になったメグ

「何がパフォーマンスよ! ふざけない でっ!!!」

涙目で叫ぶと、そのまま持っていたバックで もう一発殴り、こんなとこもう来ないっ、帰 る!!!、と叫んで、サーカスを飛び出してし まった

チョロは、メグを追いかけようとし、ちょっと行って、 ふと思い出したようにくるりと戻ると、ピエ ロの胸ぐらをつかんで一発殴る

メグのよりも数段強い打撃に、帽子が取れ て、深緑の髪が垂れる

「なんのつもりかは知りませんけどねぇ、巡 を泣かすようなことだけは許せません」

ピエロは口元の血を手で拭う
会場は、シーンと凍てつくように静まり返っている

「後始末、頑張ってくださいねぇ」

にこっと口元だけで微笑むと、凍りついた会 場をピエロに押し付けて、メグが駆けて行った方を目指した

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メグは遊園地の出口の前の広場のベンチにち んまりと座っていた 膝に顔を埋めて、まあるく納まってしまっている

メグを見つけて、安心してふわっと微笑む と、メグの隣に腰かけた メグはちらっとこっちを見るとまた顔を埋め た

「・・・来るのが遅いよ」

そんなメグの頭を優しくなでながら

「うん、ごめんね。 人と話してたら遅く なっちゃって・・・」

メグの行動なら大体わかる自信がある、現にメグ見つけるのはそんなに大変じゃなかった ちらっと見たときのメグの目は真っ赤だった

「心配かけてごめんね、・・・綱渡りも断るべきでした」

優しく囁くように謝ると、メグはかすかに首を横に振った チョロは前を向いて、遠くを眺める、この遊園地で一番大きなアトラクションが見える

「メグ、帰る前に一つだけ乗ってみませんかぁ? 恋人と一緒に乗るのが夢だったんです」

メグは恋人という単語がくすぐったくて顔を あげる、そしてチョロの方を向くと、首を少し捻って見せた

そんなメグに、にっこりとチョロは前方に見 える、遊園地のシンボルを指さした そう、

「観覧車ですよぉ」

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メグは渋渋というフリをして、チョロについていき薄紫色のゴンドラに乗り込んだ

2人は4人乗りのそれに、並んで座って、何をするでもなく何を話すでもなく外の景色を眺めていた

「このまま時間が止まってしまえばいいのにね」

ぽつりとメグが零した

「このまま二人で、二人だけの世界で、それで十分なのに・・・」

メグの声は透明に澄み切っていて、それはその言葉が巡の真実であることを鮮明に物語っていて アンバランスで幼稚な狂気を感じた

感じていながらも、チョロはそれを否とはせずに、緩やかなその狂気に飲みこまれて・・ ただ頷いた

(巡、貴方はいろんな人に愛されています、 気付いていないでしょぅ?)

(でも、そのなかの誰よりもあなたを大切に 想っています)

(君を絶対に逃がさないから)



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