617Patroclus


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Rub LOVE into wounds.

ラブラブしてるふたり。愛を舐め合う。



ウー!とけたたましいサイレンが鳴る。最後の暗号機が解読されたようだ。エマは既に荘園に帰され、今はナワーブがラストチェイスをしていて、ウィラが南ゲートを開けている。私もウィラのいる南ゲートに向かっていた。
このままナワーブがゲートに来てくれれば勝てるのだ。教会内を抜けるとちょうどゲートが開いたところだった。喜んだのも束の間、赤い影が現れる。瞬間移動か。

「ッウィラ!」

ーー油断した。ウィラは私の声に振り向いた瞬間、殴られてダウンする。もう少し早く来ていれば銃でフォローできたのに。

「っマーサ……先に逃げて」

死神のような見た目のハンターにずるずると引きずられていくウィラ。どうやったって信号銃の射程距離ではない。

「マーサ!今のうちにゲートに行け!」

ナワーブが後ろから追いついた。彼が無傷であれば無理矢理にでも救助は出来る。だが彼は負傷していて、しかも危機一髪も肘当ても使い切ってしまった。彼は助けに行けない。
今このゲートを2人でくぐれば引き分けになる。決して負けではない、ちゃんとチームに貢献出来る。早く来いとナワーブが怒鳴って急かす。ガチャン、ウィラが拘束される音を聞いた。
頭ではわかっているの。危険を犯すよりも確実な方を取るべきだわ。それでも体は勝手に動く。気づけば私はウィラが縛られたロケットチェアに向かっていた。

だって私、このゲームで何もしていない。
銃を抱えたまま見過ごすなんて出来やしない。

「おや、この状況で救助に来るとは。あなた危機一髪もないでしょう?案外愚かなのですね。空軍のレディ」
「あら今更気づいたの?もっと私のことをよく見てくれなくちゃね、紳士さん」

普段ならこのタイミングで霧が振ってくる。でも今、赤い目をした彼は確実に一撃で仕留めて来るはずだ。それにはつまり接近してくる必要がある。その瞬間……今だ……!
ダンッという銃の音が響いた。確実に彼の心臓を狙って殺しもできない目くらましを射撃する。リッパーは呻き声をあげて気絶し、頭を振るった。その間にウィラの拘束を解く。

「走って!ウィラ!」
「ッありがとう……!」

ゆらりと動いた彼の目は依然として赤い。

「やってくれましたね……」
「言ったでしょう?私、愚かなの」
「……クク……気が変わりました。愚かで無垢なあなたを殺してやりましょう」

チャットが送られてくる。ウィラがゲートに辿り着いたことを確認して安堵したら、真正面から殴られた。

「っぐ……!」
「お仲間を救ってもあなたが捕まっては意味が無い。どういうおつもりですか?危険を賭して痛めつけられに来て。救いたかったなんてそれは偽善だ」

ダウンしているのにも関わらずもう一度、殴られる。余程怒っているのだろう。刃が肩から胸へ、服を切り裂く。鮮血が飛んだ。青空に映える赤を他人事のように眺めてから、熱さが込み上げてくる。痛い。痛い!

「……ッ救える力があるのなら、救うべきだわ」
「『仲間思い』とは大層なものですね。全くの無駄によって試合時間も伸びて……こちらとしても迷惑な話です。勿論お仲間もそう思っていることでしょう」
「あなた、お喋りが上手なのね……」
「あなたが無様に失血死するまで楽しませてくださいよ。ほら、聞きますから今度はあなたが何か話して」
「……なにもあなたに話すことなどないわ」
「……そうですか、残念です」

リッパーは鼻歌をやめて、傷口に刃を突き刺した。

「あああああぁあぁあッ!」
「ふふふ、そうそう。いい声で鳴くじゃないですか」

頭がくらくらする。こんな痛み初めてだ。いや、痛みなんてない。熱い。ただ熱い。これ、死ぬのかな。私、死ぬのかしら。失血死を狙われてるんだ、そりゃそうか。
口から血が溢れ出す。熱さはなくなって、だんだん寒くなってきた。体温が無くなっていくみたいだ。こんなことを望んでいたわけじゃなかった。それでも、彼女を見過ごすことは出来なかった。先に吊られたエマだって、浮かばれない。もう、誰にも死んで欲しくない。
あともう少しで息絶えるところだった。

「……あなた……まだいたんですか?」
「女の子供をいたぶって……なーにが紳士だか」
「……?」

なんでだろう、ナワーブの声が聞こえる。あれ、彼はとっくにゲートから出たはずじゃ……。
回らない頭の中を疑問符だらけにしていると、耳打ちされる。

「起死回生、持ってんだろ。俺が稼ぐから回復してそのうちにゲートに行け」
「……なわ、」
「もう引きとめるは切れてる。俺はウィラが回復してくれたから全快だ。いいか、直ぐに行け」
「愚か者がまた一人……あなたも楽しませてくれるんでしょうね」
「ああ、相手になってやるよ。死ぬまで追いかけっこしようぜ、ジャック」

ぱさりと音を立てて体に降ってきたのは、ナワーブの緑色の上着だった。



結果として、3逃げで勝利だった。
あの後、ナワーブは宣言通り本当の意味でのラストチェイスをこなし、その間に回復した私はゲートから出た。幸い、ゲートに近い場所であったというのもあるが、また瞬間移動で戻ってこられたら今度こそ死んでいた。
ナワーブは反対側にあるハッチから逃げたようだ。結局、私が無茶をして彼に迷惑をかけてしまった。必要のないチェイスを強いてしまったのだ。判断ミスが多かった、辛うじて勝てた試合だった。もっとしっかりしないと。もう誰にも負担はかけないようにしないと。
次にリッパーと当たった時は今日よりももっと残酷なことをしてくるだろう。抉られた傷口は荘園に帰還した時にはもうふさがっていたけど、未だに肌の下であの熱さが渦巻いてるみたいだった。それが気持ち悪くて、残ってもいない肩口の傷痕を擦りながらエントランスへ入る。出迎えてくれたのはウィラだった。

「マーサ」
「……ウィラ。ただいま」
「おかえりなさい。……あのとき、助けに来てくれてありがとう。おかげで勝てたわ」
「あなたが無事に逃げられてよかった。勝てたのはナワーブのおかげなの。私は何もしていないわ」
「いいえ、あなたが助けに来てくれたからよ。……瞬間移動に反応できなくてごめんなさい」
「……私こそ、あのとき射撃が間に合う距離にいればよかったのよ。次に活かしましょう」
「ええそうね。本当にありがとう。今日はゆっくり休んで頂戴ね」

そう言うとウィラは微笑んで自室へと戻って行った。時刻はもうすぐ十時を回るところだ。私も自室へ戻って今日の疲れを癒すべきところだったのだけど、未だ帰ってこないナワーブのことが気になった。脱出の間際に掛けてくれた彼の上着を抱き締める。もう血の汚れは消えていた。
ナワーブとは、所謂恋仲にある。彼から告白をされて「あ、ハイ」なんて腑抜けた返答をしてしまってから付き合い出したのだけど、どうして彼がそう思ってくれたのか、どうして忘れられない人がいながら了承してしまったのか自分でも分からない。ただ時々手を繋いで、二度ギュッギュッと揉まれる時に見せる笑顔に胸が高鳴るのを感じた。それから、寝る前に触れるだけのキスをする。付き合ってからしたことはたったそれだけで、他は以前と何も変わらない。彼は私を恋人にして何をしたかったんだろう。
『恋人』なんてものが違和感なのだ。彼が私に好意を寄せてくれることが擽ったくて、嬉しい。でも、私はヘンリーのことを忘れられない。彼がそれでもいいと言ったとしても、忘れられないのに付き合っているなんて不誠実だと思うのよね。まあ、多分まだ酒も飲めない子供をからかって遊んでいるだけなのだわ。それならきっとすぐに飽きるでしょうよ。
ダイニングで待っていると、足音が聞こえた。ブーツの軽い音。ナワーブだ。私は廊下に出て引き留めた。

「ナワーブ」
「……!マーサ。起きてたのか」
「あなたのことが気になって……おかえりなさい」
「……」
「……ナワーブ?」

彼は私の登場に驚いた顔をした後、急に表情をなくして睨みつけてきた。全身で怒っているのが伝わってくる。

「あんた、どういうつもりだ」
「っ、む、無茶をしてごめんなさい」

ナワーブは静かに、怒気を帯びた声色で凄んできた。私は間髪をいれずに頭を下げる。ちゃんと謝らなきゃ、今日のこと。

「あのまま出れば引き分けは確実だった!どうしてあんな無謀なことをした!」
「チェアも近かったし銃があったから……ごめんなさい、私が考えなしだった。迂闊だった」
「……もうあんなことしないでくれ、頼むから……」
「ええ、もうナワーブに迷惑はかけないわ」
「……え?」
「する必要もなかったラストチェイスをさせてしまって本当にごめんなさい。私のせいであなたまで危険な目に遭わせてしまった……もう絶対こんなことがないようにする」
「それ、本気で言ってるのか?」
「本気よ!嘘じゃないわ!私は……ッ」

続けようとしたところで右腕を掴まれた。ナワーブはそのままこちらに見向きもせずに歩き出す。掴まれた腕が痛い。ギチギチと音が立っている気がするくらいだ。

「ナワーブ、ッどうしたの、どこいくの!」
「……」
「ねえ!」

私はまた何かを間違えたのだろうか。何が彼をこんなに怒らせてしまったのだろうか。だってちゃんと謝ったじゃない。ちゃんと悪いと思っているのに、なんで。
ずんずんと進んでいく彼の進行方向から見て、どうやら私は彼自身の部屋に連れていかれるみたいだった。何度呼びかけても無視されるばかりでなく、掴んだ腕の力がどんどん強くなっていく。普段と違う彼に怖くなったところでガチャリと鍵の音がして、私は部屋に押し込まれ、ドアに叩きつけられた。

「っ痛……ッ」

鈍い痛みが一拍遅れてやってくる。さらにナワーブは私の両肩を掴んで顔を上げた。そこにはもうさっきの怒り顔はなくて、かわりにもっと必死な表情があった。

「ナワ、」
「……あんた、俺の言いたいことなんもわかっちゃいねえ……!」
「……え」
「あんたがあの霧野郎に嬲られているとこ見て、俺がどんな気持ちだったかわかるか?あんたの聞いたこともないような悲鳴を聞いて何を思ったかわかるか!?」
「……っ」
「あんたが殴られる可能性があって、いいやもっと酷くされる可能性があって!それでも敵のもとに突っ込んでいく背中を見て、俺がどんな思いをしたか!あんたは分からないんだろう!」
「……ナワーブ」
「あんたがそんなだから、俺はあんたをずっと鳥籠の中に閉じ込めてしまいたくなる」

掴んだ指が肩にめり込んで、痛い。ナワーブの顔を見るのは、もっと痛い。なんだか胸が苦しくなる。あなたそんな顔もするなんて、意外だったわ。

「俺のチェイスなんかどうでもいいんだ。二回殴られたってすぐに倒れたりしねえんだから。それより頼むから自分のことを雑に扱うな。他人のことを優先するな。あんな悲鳴は……もう聞きたくない」
「……ごめんなさい」
「俺、あんたが思ってるよりもあんたのことが大事なんだ。わかってくれよ」
「……うん」

そうか、ナワーブは私のことを心配してくれていたのか。なんて馬鹿なんだろう。ナワーブが同じことをしたら私もきっと同じことを思うはずなのに。軽率だったことを思い知らされる。私、やっぱりまだまだ子供なんだわ。悔しくって、泣きそうになった。

「……ごめん、腕痛かったよな。痕が残った」
「いいわ、このくらい」
「だから、自分を粗末にするなってば」

ナワーブは私の右腕に残った赤い痕をさすって、口付けた。二、三回口付けてから、ぺろりと舐める。そして痕を覆うように、どんどん丹念に舐めていく。

「っナワーブ、何を……」
「黙ってろ」

時折ちゅ、と音が立つ。他人に肌を舐められるのは初めてで、全身が粟立つ。
まって、ナワーブ。私のこと、からかってたんじゃないの?だってあなた付き合ってから挨拶みたいなキスしかしてこなかったじゃない。
右手はすっかり彼のものになっていて、指の隙間から爪先まで丁寧に舐められていた。それだけでぞくぞくが止まらない。

「ちょ、っと……待って、ナワーブ」
「んー?」
「あの、あなた、私のこと好きじゃないでしょ。それなのにこういうことするのはどうかと思うわ」
「は?」
「……え?」
「っ……と、ちょっと待て、そこからか……?」
「どこよ?」

本当に言ってる意味が分からないので、首を傾げてみたら長いため息をつかれた。

「俺、あんたと付き合ってるよな……?」
「でも好きって言われてないから、遊びなのかと」
「っあーーー……そっか、そうだよな、あんたはそういうやつだ……」
「ナワーブ……?」
「わかった、決めた。今日思い知ってくれ」
「……え、と、きゃっ……っ」

ナワーブの言っていることがわからず戸惑いを隠せずにいると、いきなり横抱きにされた。私と同じくらいの身長しかないくせに、その力は凄い。さすが元グルカ兵と言ったところか。

「なに、おろして、ナワーブ」
「じっとしてろこのじゃじゃ馬」

身をよじっても降りられる気配はなく、がっしりと掴んでいる腕は解けそうにない。これ以上は危険だと判断して諦めた。それに気を良くしたナワーブは私を横抱きにしたまま部屋の奥にあるベッドに腰掛けた。それから流れるように頬に手を寄せられた。

「……あの、なわ」
「あのさあ」

生え際を親指でなぞられて、髪の流れに沿うように優しく頭を撫でられる。見かけによらず大きい手が往復するのが心地よかった。

「言葉にしなかった俺も悪いと思うけど。でも、冗談なんかであんたに告白なんてしない。もう少し信頼して欲しかった」
「……そう……」
「好きだ、マーサ。あんたが好きだ」
「……!」

初めて言われた。好きだなんて、この男に。

「あんたから目が離せないんだ。大切に思ってる。だから婚約者のこと忘れなくたっていい。今、俺を見てくれたらーー」
「も、もういいわ、わかったから……」
「……仲間を思うことは美徳だ。救出したいと動くことは偽善なんかじゃない。あんたの心は正しい。でも、感情的になるのは命取りだ」
「……ええ」
「守ってやるって言ったって断るんだろ、あんたは」
「当たり前じゃない。何も出来ない鳥になるのはごめんよ」
「そういうところだ」

彼はふっ、と笑って顔を近づけてきた。あ、キスされると思った時にはもう唇が触れ合っていた。
啄むようなキスをして、時々下唇を食まれて、その度に震える。反射的に口を開けてしまうと、ナワーブの舌が侵入してきた。

「……ッ」

彼の舌がゆっくりと歯列をなぞって行く。時折まさぐるように頬の裏側を擦られて熱い息が漏れた。ナワーブとする初めての深いキスだった。ああ、彼は私のことが好きなのだわ。
ヘンリーとのキスはどうしていたっけ。もうずいぶんと昔のことのように感じる。思い出せない。どうやって応えるのが正解なのかな。

「あんた、今何を考えてる」
「……ど、どうすればいいのかなって……」
「何も考えなくていい。集中しろ」
「う」

そう言って彼はまた口付けを再開する。ゆっくりと味わっているみたいに、丁寧に咥内を犯していく。
横抱きにされていた体制はいつの間にか変わっていて、気づけばナワーブが上にのしかかるように抱きしめられていた。

「……無理は強いたくない。これ以上……許してくれるか」
「……ええ、いいわ。あなたになら」

そう答えると、彼は抱きしめる力をさらに強めて、小さくありがとうと言った。



覚悟を決めたとしても、身体が対応できるかと言ったら話は別で。
ナワーブにキスをされながら、内心私は震え上がっていた。怖い?怖いのかも。セックスが怖いわけではなくて、ヘンリーにも見せなかった肌を彼の目の前に晒して、身体を許してしまうのが怖い。
でも、私はナワーブと恋人で。ナワーブは私を好きで。じゃあそういうことをするのは当然なんだと思う。そこに自分の意思がないこととかどうだってよかった。ああ、だめね。自分のしたいことばかりを考えてきたのに、今じゃもう最善策なんてわからない。でも……できるだけ、ナワーブのことは傷つけたくないな。
何故かまた、リッパーに抉られた傷が痛んだ気がして、肩口をさすった。

「……そこ、あいつに傷つけられたとこか」
「ええ……もう痕も残ってないのだけど、なんだか疼いて」
「……気に入らねえな」

そう言うなり、ナワーブはシャツのボタンを外して傷のあった肩口に口を寄せ、歯を立てた。

「なっ、なに」
「あんたがいつまでもあいつの傷を気にしてんのが気に食わねえ」
「そう言われても……っ」

がぶがぶと甘噛みされて、舐められて、時々吸われて。性感帯でもないのに吐息が漏れてしまう。痛いけど、あの時の痛みでは全くなくて。ただしっかりと熱がある。
シャツのボタンはどんどん外されていく。流れるような動作を止めようとしてかけた手も添えるだけになってしまった。

「……キレーな肌……」
「はぁ……手慣れているのね」
「傭兵時代にさ。いつ死んでもおかしくなかったから……まあ取っかえ引っ変えしてたわけなんだけど」
「なるほど」
「好きなやつを抱くのは初めてだから……緊張してる」
「…………そう」

あなた本当にナワーブ・サベダー?信じられないほど恥ずかしいセリフを聞いて逆上せそうになったわ。何も言えなくて簡単な返事しかできない自分も情けなかったけど、言ったあとに顔を耳まで真っ赤にして伏せてる男は可愛らしかった。
ナワーブは肩口に上書きされた歯形を満足そうに撫でてから、下着に手をかける。上半身が顕になって鳥肌が立った後ろでベッドの下に下着が落とされる音を聞いた。
まず、胸の横から撫でられる。擽ったくてたまらない。

「……あんたは?」
「なに?」
「ヘンリーって奴とどれくらいしたか……いや、なんでもない。あんまり聞きたくなかったわ」
「……ふふ」
「……んだよ」
「いえ、意外としおらしいのね。安心してよ、あなたが初めてだから」
「……は」

ナワーブは手の動きを止めて、私の目を見た。見開かれた彼の目は既に潤んでいて、欲に濡れているのが分かった。透明感のある綺麗な色。

「彼、その前に死んじゃったんだもの。その後はそんな気になれなくて誰とも付き合ってないし。だから、あなたが初めてよ」
「……っそういうのは、簡単に許すもんじゃないだろ」
「でもナワーブならいいって思った。……もしかしたら私、あなたのことが好きなのかも」
「とんだ殺し文句だな」
「……『かも』じゃ嫌?」
「……いいや、充分だ」

その、瞳を細めて、へにゃっと笑う彼はやっぱり幼く見えた。
手の動きが再開される。揉まれたり、撫でられたり、揺らされたり。誰かにこんなことをされるなんて初めてで、勝手に息が漏れた。

「ン……っふぅ……」
「……エロ」
「な、っあン!」

突然乳首を摘まれて、直ぐに離される。気づけばそこはもうぷっくりと膨れていて、恥ずかしくなった。

「な、ナワーブ、」
「あんたは、どういうふうにされるのが好き?摘まれたり、引っ張られたり、こうやってさすられたり……」
「わ、かんな…っふぁ」
「……腰、動いてんぞ」
「〜〜ッ」

彼の手は止まらない。背中にゾクゾクしたものが駆け抜ける。言われて始めて腰が揺れているのに気づいた。得意気な彼の顔にムカついたので頭を軽く叩いてやったけど、多分力が入ってなかったと思う。

「舐められるのは?」
「あッ、だめ、や」
「やじゃないだろ」

ナワーブは右の乳房を揉みながら左の胸に口を寄せた。乳輪をしつこく舐められて、最後に固くなったそれにかぶりつかれる。また甘噛みされて、腰が大きく跳ねたのが自分でもわかった。彼は気にも留めずに甘噛みを繰り返す。息が荒くなる。

「……初めてにしては、敏感だな」
「っはぁ、……?」
「恥じらいもなく脱いだり、触らせたり。あんたは多分毅然としてるつもりなんだろうけど、無理しなくていい。こんな時まで強がる必要は無い」
「……あなたが、喜ぶかと思っただけよ」
「……あんまり煽ってくれるな」

何度も言うけれど、覚悟を決めて抱かれてるの。だから、震えてる場合じゃない。ナワーブが私に興奮してくれるのが嬉しかったし、それだけで何もかも許せてしまいそう。
なんだか気恥ずかしくて、誤魔化すようにナワーブのトップスを脱がそうと手をかけた。意図に気づいた彼が脱がしやすいように体勢を整えたので、そのまま頭から服を脱がす。顕になった肌は筋肉質で、細くて、傷だらけだった。

「これ……」
「あんまり見てもいい気分にはならないだろ。全部傭兵時代に負った傷だ」
「……」
「おい、しんみりすんなよ?俺の、グルカ兵の誇りでもあるんだ」
「……ごめんなさい」

突然謝ったことに対して、ナワーブはこれ以上ないくらいに不思議そうな顔をした。私は、彼の腹の傷をひとつずつ、撫でていく。

「今日のこと……」
「……傷を見て不安にでもなったか?」
「……この傷の中にもきっと、私みたいに無茶をした時のものがあるんだと思う。でもやっぱり私もあなたに危険な目に遭って欲しくない。それがナワーブの役目だとしても、私が嫌。だから、ラストチェイスを強いたくなかった」
「だからそれは……」
「でも、きっとあなたも同じ気持ちなのよね。無茶をしてごめんなさい。本当に」

怖くなった。彼がこんなにたくさん傷を負って、今生きていることに。きっと今日の私よりももっと死に近い生き方をしてきたのだろう。そうして、ここにいるのだ。わかっていたつもりでも、わかっていなかった。彼だって死んでいてもおかしくはなかった。

「……ホント、反省しろよ」
「ええ」
「泣いたって喚いたって許してやらないって思ってたのに。毒気抜かれちまったな」
「それはちょっと恐ろしいわ」

上半身を裸にしてこんな話をしているのがおかしくて、笑いがこみあげてきた。ナワーブも釣られて笑う。こんなムードのない前戯でも心地がよかった。ひとしきり二人で笑った後、どちらからともなくキスをして、唇を舐めあった。

「……あなたが今、生きてて良かった」
「あんたが無事にゲートをくぐれてよかった」

どうせ明日死ぬかもしれない命だ。
それでも、大切だと思う。自分のことはその中になかった。でも彼が悲しむなら、そういう考えはやめにしようと思った。それ以上に、彼にもっと生きていて欲しいと思った。

「……下、脱がすぞ」
「ん……」

ナワーブに下着ごとスカートを脱がされて、何も身につけるものはなくなった。脱がせやすいように体重をかけた手の下から、ぎいとベッドの軋む音がする。ゴクリと喉奥が鳴ったのはどちらからだろう。

「……どうせ、筋肉質だし。触ってても楽しくないでしょう」
「そんなことない、良い筋肉の付き方してる。鍛え方がいいんだな。余分な肉もなくて、綺麗だ」
「……あなた今日はよく口が回るのね」
「本心だけどな。緊張してるからかもしんねえ」
「ふふ」

あのナワーブ・サベダーが緊張してるですって、ね。
ゲート前で怒鳴っていた男が、殺気を隠さずにリッパーとラストチェイスをしてのけた男が、寡黙で冷静で判断を間違えたりなんかしない兵士の男が。私相手に、緊張している。それはなんだかやっぱりおかしくて、不思議と心が満たされる感じがした。

ナワーブの指がそこに触れる。数度なぞられただけで声がまた漏れた。声ですら自分のものじゃないみたいで、必死に抑えようとする。

「ッふ、ぅ」
「声、我慢しなくていい」
「っでも……あぁ、っ」
「俺が聞きたい、な?」
「あっ、や、そこ」

全身にビリビリと電流が走るみたいだった。彼が触れたそこが疼くのがわかる。心臓は爆発するみたいだ。

「なわ、ぶ」
「んー?」
「あなたは、脱がないの?」
「……、あー……多分ドン引くぞ。もうやばいから」
「……」

見ると、ナワーブのそこはもう大きく主張していて。いつからその状態だったのだろう、自分のことでいっぱいいっぱいで全然気が付かなかった。
お互い、もう息は上がっていて、その声には充分すぎるほど熱を孕んでいる。中途半端に触れられたそこが疼く。

「……今日は入れないから、後で自分で抜く。あんたは気にしなくていい」
「……何よそれ」
「無理はさせたくねえんだ」

彼は平気そうな顔をしながら、また私の秘部を弄る。数度そこを彼の指が往復してからつぷりと中に入ってきた。ぐちゅ、っと水音が聞こえて恥ずかしくなる。 そんなことはお構いなしだと言わんばかりに、緩く抜き差しが繰り返される。痛くはないけど、異物感がまだ気持ち悪かった。

「っ……、だ、からぁ、なめないでよね……!」
「なに……、っ!」

私は彼の首を引き寄せて、思い切りキスしてやった。時々声が我慢できなくて、離れたりくっついたりを繰り返す。彼の舌が伸びてきたところでそれを噛んだ。

「っ痛……!」
「あなたならいいって何度も言ってるじゃない!」
「……っ!」

恥ずかしい、こんなことを。でも、私のことを求めているのに我慢しようとしている態度が気にいらなかった。隠せもしないくせに何大人ぶってんのよ。

「……あんた本当に、いい女だよ」
「っあ……!」

ナワーブに囁かれて、気持ち悪さがどんどん形を変えていく。入れられた指が増えるのがわかった。バラバラに動くそれが水音を大きくする。指を曲げられて、さすられて、掻き混ぜられて。しがみついたシーツの皺なんかもう考えられなかった。

「っ、じゃあ……受け入れてくれ。後悔すんなよ」
「……は、上等だわ……!」

ナワーブはそう言うと、カチャカチャとベルトを外し始めた。下着まで脱げば、彼の大きいそれは上を向いて固く主張していて。彼が避妊具をつけている横ではじめて見る男のそれに体が震えた。
……そんなモノが入るんだ。
薄い膜が装着されれば、指の動きが再開される。下がぐちゃぐちゃになっても、まだ止まなくて声が上がってしまう。やっぱり、自分の喉から発されているものだとは到底信じられず、何故か涙が出た。恥ずかしくて顔を見られたくなくて、手で覆い隠そうとしたけれどすぐにどかされてしまう。そのまま私の右手は彼の左手に繋がれ、左足を持ち上げられた。

「こわい?」
「……べつに」
「素直じゃねえな」

ナワーブは丁寧に涙を舐めていく。それだけで肩の力が抜けていく。顔はどちらのものかもわからない涙と唾液と汗でベタベタだった。

「入れるぞ。……力抜いて」
「っ……ん、あぁ、っ!」

ゆっくりと差し込まれるそれは想像以上に熱くて、硬くて、息が出来なくなるようだった。

「まー、さ、っ力抜け……ッ」
「は、っ、ぁ」

頭がくらくらする。熱に浮かされるってこのことだと思った。ナワーブが苦しそうに呻くのが聞こえてくる。できるだけ深呼吸をするように努めたけど上手くいかない。それでもゆっくりと、確実に息を吸って吐いていけばだんだんと慣れていった。

「っはぁ……きつ……」

ナワーブが吐く息は熱くて荒い。お互いに繋ぎあった手は痛いくらいに握りしめあっていた。

「あと、もうちょっと……いけるか」
「……ええ、大、丈夫」

息も絶え絶えに返事をすると、彼は挿入を続けた。十分に湿っていてもまだ痛くて、握る手に力を込めればキスをされる。

「ンっ、ふぅ、あ」
「は、っマーサ、あと、もすこし」

唇を軽く食まれて開かされると、歯列を舐められる。ぞくぞくが止まらない。頬の裏側を掠めて、喉が鳴った。私はそれに応えるのに必死だった。舌を絡めあって、漏れた唾液がシーツに染みを作る。
それは突然奥に届いたみたいにいきなり快感の波が襲ってきて、一際大きな嬌声とともに腰が跳ねた。

「ああっ、あ、なわ、ァ」
「は、……っはぁ、ぜんぶ、ほら」
「……ッは、ふう、う」

全部入って、距離が近くなって、そのまま抱き締められた。肌が触れ合う感覚が気持ちよかった。

「はいった、な?」
「ん……」

よくやったと言うみたいに汗で湿った髪を撫でられる。彼の手も私の頬も、繋がったそこも、足先まで、何処も彼処も熱くてたまらなかった。

「も、すこし、このままでいて……」
「ん、わかった」

心臓がばくばくとうるさい。息がまだ整わない。でも、べたつく肌が擦れ合うのが心地よくて安心する。他人の体温がこんなにも落ち着くものだったなんて、知らなかった。
ドクン、ドクンと彼が私の中で脈打つのがわかる。意識をそこに集中させれば、途端にまた恥ずかしくなってお腹の中が疼く。

「っマーサ」

顔を上げれば、ナワーブが瞳を潤ませてこちらを見ている。浅く開いた口から吐息が漏れる度にドキドキした。あ、これはキスされるな。もう彼が次に何をしたいのか察せたので私は目を閉じた。

「ぁ、ふう、ぅ」
「マーサ、舌出して」

もううまく口も閉じれなくて。何度も口付けては離れてを繰り返すのがもどかしい。言われた通り舌を出せば、そのままナワーブの舌と合わせられ、しゃぶられる。唾液はどんどん粘りが増していくみたいだった。
無意識に彼のものを締め付けていたみたいで、彼は眉に皺を寄せながら呻く。それがきっかけみたいに口が離れて、糸が引かれて、落ちた。

「ま、あさ。もう、動きたい」
「え、ええ、わかった」
「耐えられなかったら……爪、立てていいから。噛んでもいい」
「わ、かった」

喉が引き攣って片言になってしまった返事でも、彼は笑って私の頭を撫でた。

「いい子だ」

それが子供扱いなんかじゃないことはもうわかっていた。
一度中でぐるりと動かされたら、体が跳ねる。それからゆっくり抜き差しを繰り返される。肉が擦れる卑猥な音が頭を犯していく。そこはもうジンジンとしていて堪らなかった。口から言葉にならない音が漏れていく。痛くて抵抗も出来ないままで、女ってこういうものかと、ぼんやり思った。けれど、ナワーブの必死そうな顔を見るとそれもどうでも良くなってしまった。

「マーサ」
「ん、ぁ……?っんん!?」

唐突に口の中に彼の右手の親指が入れられる。突然の出来事に頭がついていかなくて少し嘔吐いてしまった。

「噛んで」
「なっ」
「は、っいたい、だろ」

抜き差しはどんどん早くなる。言ってる傍から中で弱いところを掠められて一際大きな声を出してしまった。

「あっ、ぁ、や」
「ここ?」

過剰に反応すれば、ナワーブはそこを重点的に攻めてくる。擦られる度に締め付けてしまうので彼は手を握って堪えていた。開きっぱなしの口から勝手に涎が垂れてくる。彼を受け入れた場所の痛みはもうほぼなくて、代わりに全てが快感に変わっていくみたいだった。自分が自分じゃなくなっていくみたいで、それが我慢できなくて彼の指を噛んでしまう。

「あ、んん、ん」
「ッ……そう、上手だ」
「なわ、ァ、っあ!」
「何も、考えなくていいから、集中しろ」

はっはっ、と荒い息が遠いところで聞こえる。誘うように口の中も探られた。繋いでいる手も繋がっているところも逃がさないとばかりにぎゅうっと締め付けていて、ナワーブの言う通り、何も考えられなくなる。体も言うことを聞かなくて、気づけば無意識に喘いで彼の指を噛み続けていた。

「ね、っあん、もう……っ」
「いきそう?いいよ、いつでも」

俺ももうすぐ、と囁かれてお互い限界が近いことを知った。最奥を突かれた瞬間に全身が痙攣するみたいにがくがくと震える。というか、多分軽く痙攣してたと思う。もっとはしたなく嬌声が飛び出すかと思ったけど、案外そんなこともなく、逆に声にならない掠れた音だけが残った。長くて深い絶頂はナワーブによってすぐに剥がされる。彼はまだ達していないのだ。
ガツガツと穿たれてもう感覚もわからなくて。目の奥がずっとチカチカしているし、声にならない情けない音が喉からずっと出続けている。何回か突くのを繰り返してから猛った彼が中で震えた、ような気がした。

実際、そこからもう記憶はない。意識はあったと思うのだけど正直覚えていない。ただあの直後に休めたかと聞かれればそうではなく、さらには「ごめん、もう一回」と言った声は濃く記憶に残っているので、あれだけでは済まなかったのだと思う。今となってはもうわからないし、責められるものでもないけれど。



目が覚めると。そこはナワーブの部屋で、綺麗に整えられたシーツの上で眠っていた。
起きようとすると全身が痛み出す。着ているものは自分のものでは無いぶかぶかのシャツ1枚だった。ところどころから鬱血痕や歯型が見えて、昨日のことを思い出す。試合で負った傷ではないことに、体温が上がるのがわかった。
改めて部屋を見渡すと、彼の部屋は想像以上に簡素で、物が少なかった。整頓もそれなりにされているのかと思ったけど、多分使っていないものが多いだけなのだろう。傭兵時代の名残なのかもしれない。そんな空間に自分がいることが、なんとなく不思議だった。そしてこの部屋の主は何故かどこにもいない。身体も痛いし、今日は試合もないのでそのままナワーブを待つことにした。

「あ、あー……」

酷い声だ。一晩中喘いでいればこうもなるだろう。荘園の防音の壁にこれほど感謝したことは無い。
ーーそっか。私、ナワーブ・サベダーとセックスしたのか。
『恋人』への違和感がどんどん薄れていく気がした。戦争へのトラウマだったり、ヘンリーについて気にしていたり、彼の弱いところが少し嬉しくて。でも情事中にずっと手を握ってくれた。そんなところが、意外で。もっとガサツだと思っていたのにな。ちょっと心が温まるのは、そういうことなのかな。

「おう、起きたか」
「……おはよう」
「……酷い声」

ナワーブが扉を開けてやってくる。シャワーに入ってきたようだ。タオルで髪を拭きながらいい匂いをさせている。

「ごめん、初めてなのに……無理させた」
「いいわよ別に。……付き合っているわけだし」
「そんな若くもねえのに……収まんなくて。情けねえんだけど」
「いいってば、私がいいって言ったんじゃない」

本当に悪いと思っているみたいで、彼は無意識にか手を握り込んでいた。その右手を取って、一本ずつ指を解いていく。親指にいくつもの痛々しい痕があった。

「噛み痕……残っちゃったわね。ごめんなさい」
「……あんたに噛まれるんなら別に、いいんだよ」
「だとしても、これ以上傷を作らないで」

そう言うと、自分で付けたその人の傷痕にそっとキスをした。ナワーブが一瞬強ばるのを察する。目線だけを向ければ動揺した顔があった。

「あんた……そんなことするタチじゃねえだろ」
「あら、意外?私、愛情表現はちゃんとするわよ」
「あい……っ」
「私やっぱり、あなたのことが、好きなんだと思うわ。だからちゃんと奪ってよ」

ね?とわざとらしく首をかしげてみれば、彼は一拍置いたあとにニッといたずらっぽく笑って、熱烈なキスをしてきた。そういうところが年に見合わなくて、可愛い。

「……覚悟しろよ」
「臨むところだわ」

まあ私も、あなたに傷を作られるのならそれは悪くないかなって思うんだけど。肩口に上書きされた噛み痕が痛む度、あなたのことを想える気がするから。そんなこと絶対に言わないけれど、代わりにもう一度キスに応えてやった。

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