起きたらきみに好きだと言おう
雨の音で目が覚めた。
そう自覚したから、外は強い雨が降っているのかと思ったけど案外そういうわけでもなく、ぽつぽつと音が響くだけだった。カーテンが薄くほんのりと光を通す。頃合は夜明け前か。
瞬間、肩が寒さにぶるりと震えた。夏は終わって秋に差し掛かる季節、朝はやっぱり冷え込む。暖を取ろうと隣にある温もりに手を伸ばしたが、そこには何も無かった。
「……あ?」
寝ぼけた頭を覚醒させる。布団を捲っても、先程まで一緒に寝ていたはずの山本地球はどこにもいなかった。
*
両親が店休んで旅行に行くらしい。行先は京都。グルメ旅……じゃねーけど、多分視察がてら店のメニュー決めたり、食材選んだりしに行くんだろうな。秋は美味いもん多いから。
「っつーわけで今度の週末、うちに来いよ。泊まりで」
「……え?あ、はい」
タマは気の抜けた返事をした後に目をぱちぱちさせて顔を綻ばせた。
「……泊まりって久しぶりだね」
「そうだな」
「楽しみにしてる」
「おう」
多分こいつは家に二人きりになる状況に気づいてない。まあ想定内なんだけど。そんなオレの思惑なんざ知らないタマは「いいね、京都。楽しそうだね」と笑っているので髪をわしゃわしゃと掻き乱してやった。それが先週の出来事。
そして今日、部活の練習を午前で終えてきたタマがうちにやってきた。
タマの好きなものを作って食べさせて、体も洗ってやるし髪も乾かしてやる。そんで立てなくなるまでセックスをして、一緒に泥のように眠る。全部オレがしたいと思ってやった。
「俺、什三くんがいないと生きていけないかも」
タマはそう言うなり笑って、すぐに寝息をたてる。部屋にある時計が無機質に音を刻む。オレは彼の柔らかい髪を撫でながら息を吐いた。
「オレは別にそれでも構わないんだけどな」
そう答えても彼はもう夢の中だったので、諦めて一緒の布団に潜る。あっこいつ体温高ぇな。そう思ったらオレもすぐに寝れそうだった。
*
「タマ?」
家中探したけどいない。隠れられるところなんかないけど、玄関に靴はあったので外には出ていないだろう。
「おい、どこ行ったんだよ」
なんでこんな明け方に、俺は家中を徘徊しているのか。
きっと布団で待っていれば彼は戻ってくる。外に出ていないのはわかっているんだから。それでも、隣にタマがいないベッドに戻るのだと思うと、落ち着かなかった。
いや、今ならベッドに戻っているかも。特段広くも狭くもない家だが、もしかしたらすれ違いになってしまったかもしれない。
「……什三くん?」
「!」
部屋に戻ろうと振り返ると不思議そうな顔をしたタマがこちらを見ていた。
「どうしたの?顔色悪いけど……だいじょ、」
タマが言葉を言い終える前に、オレは駆け寄って抱き締める。
「どこ行ってたんだ、おまえ」
思ったより低い声が出たことに、自分でも驚いた。
「えっあ、ベランダに……」
「この寒いのに?」
「雨が降り始めてたから……ちょっとだけ、ぼーっとしてた」
思ったよりタマの体は冷えていた。そりゃ、雨の降り始めた朝にベランダなんかにいたらこうなるだろう。
「ほんとオレの考えないようなことするよな」
「ご、ごめんなさい……」
「謝るなよ」
「でも、探してくれてたんでしょ」
タマは恐る恐る抱き締め返してくれる。手のひらから伝わってくる体温が背中に染み込んでいく。
『俺、什三くんがいないと生きていけないかも』
タマ、それは違えよ。
タマがいないと生きていけないのは、オレだ。
自分の作った料理を食べさせて、知らないところを消していくみたいに肌を暴いて、腹ン中に精液を流し込んで。おまえを形作るものがオレであればいいと思う。
それでも、オレはこんなんじゃ足りねえよ。
「じゅ、什三くん」
「んー?」
「重いよ……」
「体重かけてるからな」
「やっぱりなんかあった……?」
「あー……寂しかったんだわ」
「え」
「ほら、布団戻んぞ。寒い」
言うなり、タマの手を引いて部屋に戻った。タマはずっとわたわたしていた。布団の中で抱きしめて、目を閉じる。
「や、やっぱ重……」
「重いぞ〜オレは。残念だったな」
「???」
それでもタマは俺を退けない。全部受け止めてくれる。オレが渡すもの全部、おまえは飲み込んでくれる。
「おやすみ」
「……うん、おやすみ」
雨音は気づけば無くなっていた。通り雨だったらしい。
目が覚めたらタマを起こそう。寝起きにキスでもすれば、顔を赤らめて肩を跳ねさせるだろう。それはすごくかわいいだろうな。あーでも、タマに起こされんのもいいかもな。
どちらのものかわからない心音が凪いでいく。やっぱりこいつ、体温高ぇわ。そう思ったら、すぐに寝れそうだった。
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