617Patroclus


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CacheCacheの続きです。
千空が性に積極的なのと、ゲンの愛が重いです。半分以上致しているので途中で飽きると思います。例にもよってなんでも許せる方のみ読んでください。

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 体の芯まで凍えそうな夜だった。暦としてはもうすぐクリスマスを迎える時期。今年は人も多いし去年よりも賑やかな越冬になりそうだったが、それでも夜は寒くて静かで、一人だ。
 でもその日、千空の部屋には珍しく二人分の温かさがあった。ゲンが来ていた。

「……、ふ」
「ん」

 触れた唇が離れて、白い息が吐かれる。思ったよりも熱っぽいその温度が、お互いの関係を示していた。
 千空とゲンが恋人同士になってから、もうすぐ二ヶ月が経つ。造船作業の進捗は夏季と比べてしまえばそれほど進んでいなかったが、それでも二人はお互いに忙しい身だ。そんな中で、合間の時間を縫ってキスをするのが、唯一の恋人としての触れ合いだった。

「千空ちゃん、だいぶキス慣れてきたね」
「そりゃ数こなせばな」
「それはちょっと残念だけど」

 初めてキスをした時は、本当に慣れていない様子で可愛かったなあ。まあ今は今で俺のキスに慣れてきたんだってわかる時がたまんなくかわいいんだけど。
 そんなことを考えて、ゲンはもう一度千空の唇を奪う。

「ン」

 息継ぎのタイミング、舌の動き、上顎をなぞれば、無意識に俺の襟元を引っ張る仕草。全部全部俺が仕込んだタネみたいなものだ。なんてたまらない。

「ぷは、は、あつ」
「ふふ、熱いね、千空ちゃん」

 外は雪が降っているというのに、何故か熱い。全くどうなっているんだと悪態をつきたくなるのを堪えて、千空はゲンを見た。
 ゲンのこの時の表情が好きだった。愛おしさを隠しもしない、自分にだけ向ける優しい表情が胸に染み渡って、さらに体温を上げる。もっと見たい。もっとその目で見つめて欲しい。気持ち悪ぃ、柄じゃねえと鳥肌が立ちそうな小っ恥ずかしいセリフが脳に浮かんで、それが言葉になる前に手を伸ばした。
 千空の伸ばした右手は、ゲンのひび割れた頬に触れる。ヒビに沿うように親指を滑らせて、「なあ」と口を開いた。その声もやっぱり熱っぽかった。

「……今日は」
「うん。今日はこれでおしまい」

 ゲンはにっこりと微笑むと、頬に触れていた千空の手を掴んで、ぎゅっと握った。指から伝わるお互いの体温はまだずっとずっと熱かったのに、千空は急速に自分の心臓が冷えていくのを感じていた。

「明日も早いでしょ? メンゴね、今日は来るのが遅くなっちゃって。また明日ね、千空ちゃん」
「……おう」

 彼は繋いだ千空の右手の甲にキスをすると、なにもなかったみたいに爽やかに笑って部屋から出ていった。部屋に取り残された千空は毛布にくるまり直して、はあと息をつく。

「……さみ」

 ゲンが去ってから部屋はどんどん冷えていくみたいだった。唇に残った感触だけがやけにリアルで、それ以外は感覚がないから多分凍っている。
 付き合い始めてもうすぐ二ヶ月。少ない逢瀬の中で、何度こんな問答をしているんだろう。
 自分がどれだけ勇気をだしてゲンを誘ってみても、のらりくらりと躱されるだけで、俺たちはキス以上のことをしたことがない。いつだって、あいつはその瞬間にまた仮面をつける。恋人同士になってせっかく奴の仮面をひっぺがしてやったと思ったのに、次から次へと偽ってくる。
 ──あいつは、そういうのに興味ねーのか?
 俺がこの先に進んでもいいって、口に出してしまえばそれで済む。ただ恥ずかしくて何も言えずに、こんな回りくどいことをしては失敗する。本当に柄じゃねえ。
 それにメンタリストが俺の思考を読めないわけがない。絶対に伝わっているはずだ。なのにずっと躱され続けるなんて、まあつまりそういうことだ。
 つまり、恥ずかしいとか結局は建前で、言葉にして拒絶されるのが怖いから、言えずにいるのだ。
 ──でも、じゃあいつも向けてくるあっつい視線はなんだってんだ。
 付き合ってみたらなんか違った。俺みたいなヒョロガリには興奮しなかった。そういうことなのかもしれないが、それにしては時折自分に向ける熱っぽい視線の説明がつかない。全くあいつの考えてることは読めない。そもそも人の感情を読もうなんざ俺には無理で、毎回ゲンに頼んでいたことだった。

「……やっぱ俺が、どうにか引き出すしかねえ」

 もう我慢ならねえ。いつまでもこんなこと続けてもらってはずっとモヤモヤするだけだし、何より自分がキモくてウザくて腹が立つ。無理なら無理でさっさと恋人関係を解消してもらわねえと時間の無駄だ。そう考えたら、別れる想像までしてしまって少し落ち込んだ。
 ゲンに告白させた時と同じだ。あいつが言える環境、もしくは言わざるを得ない状況を作ること。ただ同じ手は使えない。千空は爆速でロードマップを組み立てていく。
 もう一度、仮面の下を暴いてやる。唆るじゃねえか。



「、っう、はあ……っ」

 どくり、と右手に出された白濁を見て、吐き気がした。ゲンは使わなくなったボロ布で汚れた手を拭う。自室の外から聞こえる虫の鳴き声が、やけに鮮明に聞こえた。

「は〜〜……バイヤーすぎでしょ……」

 近頃の千空ちゃんの破壊力は、ダメだ。かわいさが日々アップデートされていく。いつ自分の理性が崩壊するかわからなくて怖い。幸せすぎて溺れているみたいだった。
 千空ちゃんは何も言わないけど、俺をその先に誘ってる。あんな目で見られちゃ、メンタリストじゃなくてもわかる。そして、俺がそれに気づいているのに躱し続けているってことにも、気づいてる。

「恋人がいるのに、自分でするってジーマーで虚しー……」

 先ほどの千空を思い出せば、また下半身に熱が溜まって行く気がする。潤んだ目をして、あまい声で名前を呼んで……。そうして、また浅い息を吐いては懺悔する。ずっと好きだった子と付き合えたってだけで嬉しいのに、触りあって、キスをして、もっと深くまで口付けてしまえば、どんどん欲は止まらなくなっていった。こんなのは初めてだ。

「でもさすがに、このままじゃズイマーだよねえ……」

 いつまでも逃げ続けるわけにはいかない。俺だって千空ちゃんとえっちなこと、したいし。正直な話、俺の手で気持ちよくしたいし、かわいく喘ぐ千空ちゃんを見たいし。でも気を抜けばいつだって押し倒してしまいそうで、獣みたいな自分に呆れてしまう。初めては大事にしたいんだよ、だってこんな世界なんだから。
 さてどうしたものかと考えながら、ゲンは今日何度目かのため息をついて、寝る支度を始めた。結局今日も、考えは纏まらなかった。



 あのメンタリストに、何考えてるのか全部吐かせること。ワンチャン、そのままセックスまでいければ文句はねえ。ただ、千空はそれがどれだけ難しいことか知っていた。
 あいつに告白させた時は、ゲームを使った。言わざるを得ない状況を作り出すこと。わざわざ俺があいつのテリトリーに足を踏み入れて、気持ちよく暴かせてやるのだ。それが成功したから、いい気になって今回もまあ、大丈夫だろうと思っていたわけだ。なんせもう恋人同士になったわけだし。
 だが、恋人になったゲンはさらに拗らせて、さらに頑なだった。

「あ゛ーー……こんなにしぶといとは思わねえさすがに」

 千空は一人きりのラボで、書きかけの設計図を前に項垂れていた。
 結局はトライアンドエラーだ。生憎こちらは恋愛のれの字も分からない初心者で、しかも回りくどい駆け引きは不得手。一方相手は対人間なら負け無しのメンタリストで、どうにも分が悪い。
 千空がどれだけ画策しても、ゲンはするりと隙間を縫って逃げていく。二人きりの時に話を引き出すのも、恋人としての逢瀬でそんな雰囲気に持ち込むのも、第三者を介すのも尽く失敗して、やっぱり柄じゃねえ。俺にはこんなまどろっこしいことなんて向いてない。

「しゃーねえ。後はとっときの切り札しかねえな……」

 ちらりと、ラボの棚の一番端に置かれた小箱を見る。中身を見られたところで、誰にもその正体は分からないだろうから、作ったあともそんなところに置きっぱなしにしているそれ。これを切り札にするのは最後だと思っていた。何故なら、これで拒否されたらさすがに凹むだろうことがわかっているからだ。

「はあ。なんで俺がこんなに悩まなきゃなんねーんだ」

 それでも本来味わうことのなかった恋愛脳。それまで知り得なかった感情の波が、苦しい反面、楽しさもあるのは事実で。これだから非合理だって言ってんだ。ぶつくさ言いながら、千空は小箱を取るために椅子から立ち上がった。



「ゲン。今夜テメーの部屋に行っていいか」

 日が傾き始めたおやつ時。作業の休憩の最中に、千空ちゃんは突然話しかけてきた。

「いいけど……どしたの、わざわざ聞きに来るなんて珍しいね」
「渡したいもんがあって、ちーとな。すれ違いになるのも時間の無駄だからな、アポ取りだ」
「えっなになに〜サプライズ?」
「あ゛ー、まあそんなとこだ」

 千空の用事は、本当にアポ取りだけだった。彼はそれだけ言うとまた自分の作業に戻るために去っていく。合理性の鬼は、全く行動に無駄がない。
 ──俺に渡したいもの、ねえ。
 千空ちゃんから受け取るものは、なんだって嬉しい。彼が俺にくれるものは全部特別だ。ただ、最近の千空ちゃんはちょっと様子が変だ。というより、多分初めての恋愛脳に振り回されているんだと思う。
 端的に言えば、誘われている。そして俺は、それとなく誤魔化しながら逃げている。その理由を、彼はさらに聞き出そうとしている。
 ──大方、ちゃんと腹割って話そうってところかなあ。
 合理主義の塊みたいな千空ちゃんが、合理性を無視して俺との恋愛に向き合ってくれている。それだけでゴイスー嬉しくて、さすがに俺もしっかりしないとなあなんて、この時は思っていた。


 日も暮れてしばらく経った頃、約束通り千空はゲンの寝泊まりする小屋にやってきた。コンコン、とノックをされて、ゲンは応対する。

「はいはーい、千空ちゃんお疲〜」
「おう」

 もう何度目かになるゲンの部屋。そこは意外と簡素にしてあった。畳まれた寝るための布団と、灯りのための行灯、防寒用の簡易的な暖炉。それから物置小屋を兼ねていたのもあって、隅に乱雑に積まれた布や瓶などがある。仕込みの花の香りだろうか、ほんのりといい匂いがする。

「そんなちゃんとしたおもてなしもできなくて悪いけどさ、まあ適当に座って。で、俺へのサプライズはなあに、千空ちゃん」

 ゲンが床に敷かれた座布団に座ると、千空もそれに倣ってもう一つの座布団に座り込む。そのまま腰にに下げたポーチから小さな包を出して、ゲンに向かって放り投げた。

「わ、とと。えっジーマーで何コレ」
「通和散」
「つうわさん……って、なんか聞いたことあるね。なんだっけ」

 ゲンは包を開いて中身を覗く。細切れの紙みたいなものが何枚か入っていた。

「それを一枚、口に入れて、噛んで、唾液に溶かして使う。まあ、ローションだな」
「ロー……、は? え!?」

 今、とんでもない単語が千空ちゃんの口から飛び出してきた気がする。そうだ通和散って、時代物とか春画とかによく出る潤滑剤のことだ。
 ──ローション? 千空ちゃんが、これを作った?
 待って、ジーマーで追いつかない。これを俺に渡してきたってことはつまり、千空ちゃんは本当に覚悟の上ってことで。しっかりと、俺とのことを考えてくれているって、ことで……。いや待ってそんな真面目なこと言ってらんない、衝撃が大きすぎて何も考えられない。確かにこれはバイヤーすぎるサプライズだ。

「……っ、あ゛ー……」

 包みを見たゲンの反応は、千空が想像していたものとは違っていた。
 ──困っている。
 そうか。こんなことをしたとして、ゲンの気持ちを見誤っていただけなら、何も意味がなかったな。結局は、俺だけが奴を求めているだけだったのかもしれねえな。また心臓が冷えていくような心地がする。

「……クソ、もういい」
「せ、千空ちゃん?」
「俺の負けだ。参った。白状する」

 千空はゲンの手から包みを奪って、彼をまっすぐに見た。「あ」と声が上がっても気にしなかった。

「テメーとセックスがしたい」

 千空らしいその直接的な誘いは、それまで何回と堪えてきたゲンの脳を揺るがすには十分だった。



 ──俺とセックスがしたい。千空ちゃんがそう言った。
 もちろんその意図はわかっていた。キスの触れ合いを初めてから、お互いの瞳に欲が滲んでいるのも、その先を期待しているのも。空気が甘くなって、流れに任せてしまえば俺は千空ちゃんを抱けるってことは、もちろんわかっていた。わかっていたのに、ゲンが鋼の精神で幾度となく千空の誘いを躱してきたのには理由があった。
 ……でも無理だ。直接言葉にされてしまえば耐えられない。何かを言い返そうとして、口をぱくぱくと開いては閉じる。どうしよう、これはどうするのが正解なんだろう。

「……テメーにその気がねえんなら、振ってくれねえか。期待はしたくねえ。まあそもそも俺みてえなヒョロガリに興奮はしねえだろうが……」
「いやするよジーマーで興奮する!」

 畳み掛けてくる爆弾の数々に思わず食い気味に反応してしまったが、自分でもかっこつかなくて恥ずかしい。ほら、千空ちゃんも大きい目を見開いて吃驚してる。

「あ゛ー? なんなんだよ、テメーは。たまに獣みてえな目で見てくる癖に手は出してこねえし、えろいキスはする癖に俺が先に進もうとすれば逃げていきやがる。準備が整ってないのを心配してるのかと思って整えてやれば困った顔をする癖に、俺には興奮する? 何がしてえんだ」
「う。えっと……」

 ごもっともだ。千空ちゃんの言う通り。何もかもが矛盾している。もうここまで言われたら俺も腹括って告白するしかない。千空ちゃんだって勇気を出してここに来てくれたんだ。

「……やさしくできるか、わかんなくて……」
「は?」
「だってキスだけであんなにかわいいのに! えっちまでしちゃったら俺の理性なんてすぐ崩壊するよ!? 自分本位なえっちはしたくないし、千空ちゃんに気持ちよくなってもらいたいし……」
「論点が見えねえ。つまりなんだ」
「千空ちゃんのこと好きすぎて、情けないけど、酷くしない自信が無い」
「だから俺とセックスしたくねえと」
「したくないわけじゃないよ! 心の準備!」
「テメーがちんたら心の準備してる間に俺はさんざ焦らされてんだが」
「うっ」

 千空ははあーと深いため息をついて、続ける。

「……観念しろ。キスに慣れてから本番に臨もうとしたところで、慣れるわけねえだろ」
「……お見通しだった?」
「まあ、俺がテメーの化けの面剥がしてやったんだからな」
「はぁほんと、適わないね、ジーマーで」

 ゲンは流れるように千空の顎に手を添えて、顔を寄せた。あ、キスされる。感覚的に察知した千空は黙って目を閉じる。ほら、こういうの。俺が仕込んだこんな仕草がたまらなくて、この先に進んでしまうのが怖い。きっと際限がない。
 俺たちは触れるだけのキスをして、離れて、見つめ合う。すぐに目を開けた千空ちゃんの瞳は潤んでいて、赤い宝石みたいで綺麗だった。

「……ごめんね千空ちゃん。たくさんたくさん、勇気出して誘ってくれてたのに。全部かわいくて、全部嬉しかったよ俺は」
「……テメーの土俵に入ってやれば、テメーは動きやすいかと思ったんだ」
「わざわざ罠にかかりにきてくれるようなもんじゃん、それ」
「だから、そういってる」

「てめーに騙されてやるって言ってんだ」

 そう言って、千空ちゃんは俺が告白した時と同じように、またにっと勝気な笑顔で俺を見た。
 ──降参するのは、俺の方だ。
 頭の中で膨れ切った風船が、弾けた感覚がした。



 部屋の灯りを行灯だけにして、布団の上で胡座をかいて向き合う。温かくて柔らかい光に照らされた千空ちゃんの顔には綺麗に影が落ちていて、やっと現実味を帯びてきた。この子と一緒にいると、たまに全部夢なんじゃないかって思っちゃう。でもこれは、間違いなく現実で、今から俺たちは初めてセックスをする。

「……一応確認なんだけど、千空ちゃんはトップとボトム、どっちがやりたいとかあった? さっきは俺がトップの体で進めちゃったけど」
「あ゛ー、それはテメーに任せようと思ってた。生憎恋愛初心者なもんでな、正直テメーに触れるんならどっちでもいい」
「さわ……っ」

 あーあー初っ端から容赦なく爆弾を落とされる。俺明日には死んじゃってるんじゃないかなあ。

「……んん、そっか。千空ちゃんも触りたいって思ってくれてんだね。嬉しい」
「テメーは、なんか手慣れてそうだな」
「さすがに男相手は初めてよ? それに、ゴイスー緊張してる」
「……そうか」

 体中が痒くなりそうなくらい甘ったるい空気が流れて、酔いが回り始めているみたいだった。頬を少し染めて目線をずらす千空ちゃんは、分かりにくいけどしっかり照れていてあまりにも愛おしい。

「千空ちゃん、おいで?」

 俺は、努めて優しい声で千空ちゃんを呼んで、両手を差し出した。千空ちゃんはおずおずと言ったふうに俺の傍に寄ってきてハグをしてくれたので、それに応えるように抱き締め返す。厚手の冬服からも、彼の薄い体つきが伝わってきてどきどきする。

「俺はずっと千空ちゃんを抱きたいって思ってた。優しくできないかもなんて言ったけど、頑張るからさ。だから、嫌なこととか痛いこととかあったらすぐに言ってね。お願い」
「……おう、わかった」
「ありがと。大事にするね」

 それからぎゅっともう一度きつく抱きしめて、彼の肩口に顔を埋めた。多分きっと、今俺はすっごいだらしない顔をしている。絶対世界で一番幸せものなんだろうな。
 千空はといえば、どんどん仮面が剥がれていくゲンの様子に満足していた。こいつが俺に向ける愛情の顔は、いつだって俺を安心させてくれる。全身で好きだと伝えてくれているみたいで、それだけで体が温まっていく気がした。
 どちらからともなく唇を合わせて、お互いのそれを味わう。もう何度目かもわからないキスは、それまでよりずっと深くて熱くて、ぞくぞくする。
 ゲンが千空の隙間をつつけば、千空はそれに合わせてゆっくりと唇を開く。ぬるりと侵入してきた舌が熱くて、目眩がしそうだった。

「は、ふぅ」
「きもちい?」
「ん」

 短い問答。普段は雄弁なお互いが多くを喋らない状況がなんだか愛しくて、どんどん気分は高まっていく。
 ゲンの舌が丁寧に千空の歯列をなぞって、水音を立てた。千空はこれが好きだった。こうやってひとつひとつ、自分の知らないツボを当てられて、暴かれていくのが恥ずかしくて、でもゲンにならいいかなって思うのだから全く恋愛脳というやつは訳が分からない。
 どう角度を変えても足りなくて、もっともっとと求めてしまう。この先に進んだらどうなってしまうのだろう。期待と不安が混ざりあって、熱い息が漏れる。

「、っふふ、ゴイスー積極的」
「うっせ、焦らされてんだって言ったろ」
「う、それはメンゴって」

 ゲンがあやすようにちゅう、と千空の舌を吸えば、彼はビクリと肩を跳ねさせた。そっか、舌を吸うのは初めてだったな。

「なんか、こういうことしてる千空ちゃんってジーマーで想像つかないから、ゴイスーえっちで興奮する……」
「……テメー以外には、こうはならねえよ」

 ──奇跡だと、思う。
 奇跡だと思ってた。死んでも隠し通さなきゃと心に決めた感情を暴かれて、大好きな子に好きだと言われて、こんなふうに求められるなんて。やっぱり夢なんじゃないかって思う。
 でも、俺は選ばれたのだ。石神千空に。それは奇跡なんかじゃなくて、ちゃんと彼の意思で。ああダメだ、こんなの、おかしくならないわけがない。脳内の回路が1本ずつ切れていって、使い物にならなくなっていく。

「うう、好き……」
「クク、知ってるわ」

 もうホント、ゴイスーイケメンだなあこの子は。そう思って、ゲンは彼の目尻に口付けてから、襟元に手をかけた。

「……脱がすよ……?」
「おう」

 まずは外套。留め具をひとつずつ外して、ベルトに手をかける。寒くもないのに指先が震えていて、やっぱり笑っちゃう。初めてステージに立った時のことを思い出した。

「おい、まどろっこしい。さっさとしろ」
「う〜〜リームー……。緊張しちゃって」
「自分で脱ぐか?」
「それはダメ!」

 断固として俺が脱がす! そう言えば千空はケタケタと肩を揺らして笑った。もう、年上のメンタリストの面目丸つぶれじゃん。でもかわいいからいっか。いつだってゲンは千空に甘かった。
 外套の次は、彼のお決まりのワンピース。留めてある胸元の紐を1本ずつ解いていって、腰まで到達すれば、はらりとはだけて白い肢体が見える。

「……瞳孔、開いてんぞ」

 無理もない。お風呂で見る肌とは訳が違う。明確に今、「そういうこと」をするって理由が上に乗っかっている。

「あっはは、メンゴ。怖い?」
「怖いっつーか……」

 そんなゲンの顔は初めて見た。今までの熱視線とは質の違う、食い入るように見るその目。文字通り喰われてしまいそうで、ぞくぞくする。

「……」
「……ふ。まずはここからね」

 そんな千空の思惑に気づいたかは分からないが、ゲンは下半身の服は脱がさないまま、中途半端にはだけた胸に触れてきた。薄い腹筋をすっとなぞられて、思わず息が漏れる。臍をくすぐられてから、少し浮いた肋骨へゲンの骨ばった指が這って、むず痒い。

「っくすぐってえ」
「千空ちゃんはビンカンお肌だもんねえ」
「紛らわしい言い方すんな。楽しいかよ、男の上裸触って」
「正直ジーマーで楽しい」
「……そうかよ」

 有無を言わさず、被せるようにして主張する。楽しいなんてもんじゃない、中途半端に乱れた衣服から覗く肌。細い腰。それから薄く色付いた胸の先。全部が倒錯的で、酔っ払ったみたいに頭がグラグラする。千空ちゃんが普段見せない肌を、少しずつ開いていく。
 それまで向かいあわせで触れていたゲンが、ようやくゆっくりと千空を押し倒して、布団の上に寝かせた。敷き布にぱさりと広がる千空の特徴的な髪さえ、やけに扇情的に見える。千空は一瞬だけ、不安そうな目でゲンを見てから、行き場の無くした手でシーツを掴んだ。

「かわい」
「っ……」

 千空を見下ろすゲンの、白くて長い方の髪が揺れる。行灯の灯りに照らされて、ぼんやりと発光しているみたいだった。
 ゲンはまた、違う顔を俺に見せる。目を細めて妖しげで、悪いことを考えている時の顔によく似ていた。今夜、こいつはどれだけ俺にまだ見せていない顔を見せてくれるのだろうか。

「触るね?」

 ゆっくりと、触れるか触れないかの微妙な力加減で肌をなぞられていく。擽ったくて体をよじらせると、「こら」と声が上がった。

「んなとこ触っても、意味ねえだろ……」
「んー? 大事よ、こういうのは。気分高めていくのが大事なの」

 ね? とゲンが笑ったのと同時に、それまで触られていなかった乳首を弾かれて、体が強ばった。こんなヒョロガリの胸なんて、触っても楽しくねえだろうに、ゲンは満足そうにこねたり揉んだりしている。

「ここはどう?」
「……あんまり。くすぐってえだけだな」
「そっかぁ。じゃあ開発しがいがあるね」

 おい。今さらっと変なこと言いやがったな。当人に許可なく開発とか言ってんじゃねえ。
 そう口に出すか迷ったけど、自然と『次』がある前提で話していることに安堵してしまったので、何も言わなかった。
 くにくにと揉まれたり、引っ張られたり。しばらくいいように弄られれば、胸の尖りは硬さを帯びてくる。それに気分を良くしたゲンは、これから鼻歌でも歌うんじゃないかってくらいにこやかに笑って、俺の右の乳首を口に含んだ。

「な……っ、ぁ」
「ん……、ふふ、やっぱ千空ちゃん才能あるよ。きっとこれから少しずつ、気持ち良くなるよ。楽しみだね」
「なに、バカなこと」

 こいつに断定されてしまうのに、弱い。すぐ想像してしまって期待をする。メンタリストの術中だろうがなんだろうが、気にしている余裕はない。
 乳首を甘噛みされたと思ったら舐められて、しゃぶられて。空いた左はゲンの器用な指によって弄られる。擽ったいだけだったその刺激も、少しずつピリピリとしたものに感覚が変わっていく。

「ーーっしつけえ!」
「いだっ!」

 思わずごん、と音がするくらい、その白黒頭にゲンコツを入れてしまって、彼は「ドイヒー」と嘆いた。しかし嘆いた割には痛がっているようには見えず、己の非力さに悪態をつく。
 快感までは拾えなくても、気分を高めるのにはよかったはず。それは千空の火照った体と、顔が証明していた。

「も〜千空ちゃんったら激しいんだから」
「うるせえ。乳首取れるかと思ったわ」
「じゃあここの続きはまた次回ね」

 ゲンはちゅ、ともう一度音を立てて千空の両胸にキスをした。それからようやく、中途半端に脱がしたままのワンピースの紐を全て解く。息が荒くなっている自覚があって情けない。
 服を一枚脱がすのに途方もない時間をかけてしまったなあ。脱がせた服を簡単に畳んで、布団の脇に置く。それからもう一度千空の方を見ると、普段ワンピースの下に隠されている日焼けのない白い肌は想像よりも綺麗で、また目眩がした。頭の奥がずっと揺れ続けている。半ば無意識に、吸い寄せられるみたいに手を伸ばして、もう一度彼の肌に触れてみる。「ん」と千空は短く声を上げて、身じろいだ。

「……テメーは脱がねえのかよ」
「……忘れてた」

 そういえばそうだった。自分のことに全く気が回っていなくて、余裕ないなあなんて苦笑する。雑にばさりと上着を脱ぎ捨てて、襟元の留め紐に手をかけるが、もたついてうまく外れない。

「めんどくせえ服着てんな」
「マジシャンだからねえ。何、脱がせてくれるの」
「ん。じっとしてろ」

 そんな俺を見かねてか、千空ちゃんは下から俺の襟の紐を解こうと手を伸ばしてきた。その視線は俺の首元に集中していて、「クソどうなってんだこれ」って言葉が聞こえてくる。かわいくて、それをずっと眺めていた。
 しばらくしてから、千空によって首元の紐が解かれたゲンは「ありがと」と短く礼を言って、次々服を脱いでいく。千空と違って着込んでいるマジシャンの服は、脱ぐのにも時間がかかる。正直、千空は本当に焦らされているような気持ちになった。

「……たってんな」
「そりゃまあ、好きな子のこんなかわいい姿見せられちゃね」

 お互い下穿きだけになって、触れ合いを再開する。ゲンのそこはもう固くなっていて、薄く巻かれているだけの布をゆるく持ち上げていた。

「……テメーは普段露出しねえから、なんか……なんだ」
「ムラムラする?」
「……!」
「えー、ふふ。それはね、俺もだよ」

 ゲンの上裸も白かった。骨ばっていて、必要最低限の筋肉しかついていない薄い身体。千空が普段見ることの無いゲンの裸を、まじまじと観察するように見れば、「熱い視線だねえ」と笑われた。

「千空ちゃんのここも、固くなってるね」
「あっばか、いきなり触んな」

 ゲンは薄い布の上から擦るようにして、千空のそれを触る。勝手に肩が跳ねて、思わずゲンの肩にしがみついた。

「……あんまり自分でしない?」
「あ゛ー……必要最低限しか……」
「そか。そんな感じする。その時は気持ちよくなかった?」
「……っ生理現象だろ、そんなに好きじゃねえ……」
「そっか」

 じゃあこれはかなりゴイスーなことしてるなあ俺。ゲンが千空の下穿きごと強く先端を擦れば、彼はわかりやすく体を揺らした。

「げ、ゲン……」
「ん? もどかしい?」
「……も、直接してくれ」

 うう……いちいちかわいすぎて腰にくる。俺が罪悪感を抱えながらオカズにしていた妄想の千空ちゃんなんて比じゃない。現実の千空ちゃんは、それを遥かに上回ってくるかわいさで、バイヤーすぎる。
 気を抜いたら本当に冷静でいられなくなりそうで、俺は一度唇を噛んでから「オッケー」と軽く返事をした。口に広がる鉄の味。ズイマー、明日の朝には自傷で血だらけになってそう。
 千空の下穿きを脱がすと、文字通り彼は一糸まとわぬ姿になった。外で見る時はあんなに溌剌としていて、生命力に溢れているように見えるけど、こうして見れば本当に小柄で、細くて、心配になる。こんな頼りない体で半年間、ひとりぼっちで石世界を生きた彼。こんな頼りない体に、全人類の命運が乗っかっている。
 千空のピンク色のそこを直接触れば、彼は悩ましい息を吐いた。擦られる度に射精欲が強まっていく。

「自分で、すんのと、全然違ぇのな」
「気持ちよくない?」
「いや……」

 わざと否定文で聞くことで、肯定を引き出したかったのだが、この男がそう上手く引っかかってくれるわけもない。でも、何も言わなくても千空ちゃんの表情は快感を物語っていた。それだけで満足できるので、俺もそれ以上は何も聞かなかった。

「一回出しちゃおっか。その方が多分後が楽だし」
「まっ、ア、んん」

 擦る力を強めて、早くする。たまに先を引っ掻いてやるのが良いみたいで、その度にしがみつかれた肩に指先が食い込む。ほどなくして、千空はゲンの手の中で達した。
 イッた直後の千空ちゃんは、快感の余韻に浸るみたいにはあはあと肩で息をするので、やっぱり慣れていないんだなと思った。そんな姿が愛らしくて、ああ自分がこれからまたこの子に仕込むのかとほの暗い欲望が顔を出す。

「千空ちゃん。男同士の挿入はお尻を使うんだけど……」
「あ? 知ってるわ。知らないで誘うわけねーだろ」
「ダヨネ」

 赤い瞳が、ゲンを睨む。こいつ、この期に及んでまだそんなことを言うのかと、目が訴えている。

「これから千空ちゃんの作ってくれたコレで慣らすけど、いい?」
「おー」
「痛かったり、嫌だと思ったらすぐに言うんだよ?」
「わーたって」

 千空はじっとりとゲンを見るが、内心はゲンの優しさがこそばゆくて、嬉しかった。優しく出来ないかも、なんて言ってても、絶対コイツは俺の事を乱暴に扱ったりなんてしない。そんな信頼があったから、千空はゲンを根気強く誘い続けたのだ。

「慣らすの、前からか後ろから、どっちがいい?」
「……前じゃ、テメーが萎えねえか」
「それはジーマーで有り得ないから安心して」
「そうかよ……じゃあ、前」
「おっけ」

 体位は、正直どちらでもよかった。でも、こいつの締まらねえ顔をまだ見ていたかった。
 ゲンは千空から通和散を受け取ると、代わりに枕を彼の背中の裏に差し込んだ。うん、これで動きやすいはず。それからその一見普通の紙を口に含んで、しばらくもごもごと動かし、自身の右掌に吐き出す。ねっとりと粘度のある液体が、赤い舌から伝って、落ちてゆく。千空は改めてその時、自分の作ったそれが色事に使われるものなのだと自覚した。どうしたってエロい。

「うえ。あんまり美味しくないねコレ」
「そりゃな、食べられるもんで作ってるとはいえ食えるもんじゃねえ」

 ゲンは数回指でそれを掻き混ぜてから、千空の足を持ち上げて、小さいその後孔にそっと塗りつける。液体は体温と唾液で温かかったが、普段自分でだって触ることの無いそこに触れられて、ぶるりと震えた。

「抵抗とか、っねーのかよ」
「んー、千空ちゃんの身体なら、全然」

 非合理だ。なんにも生まれないそこを行ったり来たりするかのようになぞられて、濡らされて。今からここに侵入するんだと言いつけられているみたいだ。全く意味の無い行為なのに、それをしている当の本人はやっぱりずっと嬉しそうだから、もういいかと思考を放棄する。
 「入れるね」と声がかけられて、ゆっくりとゲンの長い指が侵入していく。潤滑剤もあったおかげか、指一本は割と抵抗なく入った。

「千空ちゃん大丈夫? 痛くない?」
「ん……平気だ。思ったより、痛くはねえ」
「よかった。ゆっくり慣らしてこ」

 千空がゲンを見上げると、うっすらと額に汗が滲んでいるのを見た。そうだ、さっきだってゲンの中心はしっかり固くなっていたのに、こいつはやっぱり我慢してでも俺を優先する。実際もっと慣らしてもらわないと、あの大きさは入らないだろうから、ゲンの気遣いが有難かった。そもそもケツの穴に男のブツが突っ込まれるなんて、自分じゃ想像も出来ないので、そこは全部ゲンに任せることになってしまうが。
 ゲンがぐにぐにと千空の中を慣らしていると、まだ中で快感を拾えない千空の手が、自分の頬に伸びてきた。それから、長い方の髪を耳にかけられて、目を細められる。あ、多分これ無意識だ。

「ーーっなにそれゴイスーかわいーんだけど!」
「え?」

 ぎゅんっと自分の中心に熱が集まるのを感じる。既に痛い。出したい。でも我慢だ我慢、考えないようにして、俺は千空ちゃんのかわいいお顔にキスをした。「ん」と声を上げて、彼はキスを受け入れる。眉、瞼、鼻筋、頬と降りてきて、唇の端に口付ければ、不機嫌そうな顔で唇を突き出してくる。どうしよう、彼の仕草全部がかわいい。
 導かれるように唇を合わせて、二、三度下唇を食んでから舐めた。千空ちゃんはそれに答えるように口を開いて、自身の舌で俺を誘う。
 夢中になってキスをしながら、千空ちゃんの中に埋めた指を動かす。水音があちこちからしていて、それがまたぐらぐらと頭を狂わす。

「っあ……っ」
「ん、ここ?」

 ゲンが中を撫でて、擦り上げて、ゆっくり押し広げるのを繰り返していくと、いいところに掠めたらしい千空は大きく肩を揺らした。
 千空が反応を示したところは少し弾力があって、もう一度撫であげれば、耐えられないといったふうに熱い息が吐かれる。

「あ、ぅ、ゲン、それやば、っ」
「うんうん、気持ちいいんだね」
「あっ、ァ、んん」

 一瞬で唾液が大量に出てくる。ゲンに押される度に腰に電気が走るみたいで、大袈裟に肩が跳ねた。自分の喉から自分のものじゃないみてえな声が出て恥ずかしい。それを押さえるつもりで、もう一度ゲンの口に自身のものを重ねる。ゲンは一瞬だけ驚いた顔をしたけど、すぐに満足そうにキスに応えた。
 キスをしていても、刺激は止まらない。一定のリズムでそこを叩かれたと思ったら、撫でられたり押されたり触り方を変えてこられて、全く一体どうなってやがんだこいつの指は。

「んぁッ」
「千空ちゃん。ココ、とんとんってされるの、好き?」
「う、」
「それとも、すりすり〜ってされるのが好き?」

 わからない。こんなのは初めてだ、わかるわけない。

「教えてくれたら、ずっとしてあげる」

 それでもゲンは、追い打ちをかけるみたいに囁いてくる。耳元の声が普段の何倍も低くざらついてるように感じて、肌が粟立つ。

「わ、かんね……ぜんぶ、いい」
「……っそ、っか」

 ──ジーマーで痛い。下半身が。
 でも千空ちゃんを怖がらせるようなことはしたくない。同性に抱かれるってかなりショックなことだと思うから。俺はなけなしの理性を総動員させるべく、ふう、と長めに息を吐いて、「じゃあ両方、もっとしてあげるね」と囁いておいた。
 千空ちゃんの中も解れてきて、二本目の指も結構すんなり入った。よかった、この調子なら三本目もすぐ入るかなあなんて、ドキドキしながら愛撫を続ける。ぴちゃぴちゃと湿った音に混じって、小さくて短い千空ちゃんの喘ぎ声が聞こえてくる。

「は、あう、ゲン、まだ……?」
「まーだ。二本しか入ってないよ。つらい?」
「ん、ちーとばかし、つれえ」

 千空ちゃんはどこもかしこも真っ赤にして、潤んだ目で俺を見る。中で感じた快感が発散できなくて辛いようだった。

「前、触ろっか?」
「いい、っ次いったら、挿入までもつかわかんね……」
「俺は今日じゃなくてもいいよ? 千空ちゃんの方が負担大きいんだから」
「んなことねえだろ、ばか……」

 そう言って瞳に涙を溜めながら、千空ちゃんは俺の勃ち上がっているそれを見た。
 ──そっか、気にしてくれてたんだ。

「わりーと、思ってる、我慢させちまって」

 時間をかけて、ゆっくり愛されていくことが嬉しくて、申し訳なかった。いくら自分ですることが少ないからって、同じ男だ、辛いことはわかる。それでも、千空は閏の経験がないのだ。ゲンに任せるしかなくて、勝手に準備が整うような身体でもなくて、悔しい。
 一方、わかりやすくしょげた千空を見て、ゲンは胸が締め付けられる思いだった。恋人同士になった俺と、先に進みたくて。臆病な俺に呆れもせずに勇気を出してくれて、俺だけに全てを暴かせてくれている。そんな彼が、俺を想ってくれている。脳が焼ききれるんじゃないかって思う。なんて愛しいんだろう。

「……んーん。俺は平気。気にしなくていいんだよ、千空ちゃんは気持ちいいことだけ考えてて」
「でも、優しくできねえかもって」
「それも気にしてくれてたの? いーの、絶対優しくするから」

 正直、見栄と意地だった。実際股間はバイヤーなことになってるし、頭もグラグラするし心拍数だって早い。体中が興奮してる。でも、死んでもこんな愛しい子に痛い思いはさせたくなかった。

「じゃあ、これが三本目。頑張らなくていいから、千空ちゃん。入れるね」
「……わかった」

 千空は何かを言いたそうにしていたけど、結局何も言わずに目線を逸らして頷いた。
 三本目の指はさすがに、抵抗感があった。入れようとすると千空の体が強ばるので、一度全部抜いて、もう一度通和散を絡めてから挿入に挑む。

「痛いよね。力まないで、千空ちゃん。ちゃんと息して」
「う……」

 ゲンが千空に深呼吸を促せば、少しずつ指は呑まれていく。すー、はー。吸って吐かれる息に合わせて、挿入が進む。

「そうそう、じょうず。覚えててね、その感覚」
「はいった、か……?」
「うん、全部ね。もうちょっと我慢してね」

 それはテメーの方だろうが、って言いたくなるのを堪えて、千空はただ頷いた。
 ばらばらと三本の指が自分の中で動いている。狭い中を拡げていこうと、意思を持って動いているそれ。いいところを擦られる感覚が強くて、目の奥がチカチカする。
 ──あの、ゲンの指が、今自分を犯している。
 千空の脳裏に浮かぶのは、いつもマジックを披露しているゲンの骨ばっていて、細くてしなやかな指だ。あの綺麗な手によって、喘がされている。そう思うとたまらなくなって、思わず胎が締まる。

「ん、あ、はぁ」
「千空ちゃん。声抑えないで、聞きたい」
「あっ……っ」

 耳元でゲンの掠れた声が響く。そのまんま耳朶を舐められて、思わず上擦った声が出た。
 ぐちゅ、じゅるる。卑猥な音が、直接脳髄に沁みていく。こいつ指だけじゃなくて舌もやべーのかよ。まあキスが上手いんだからそりゃそうか。比較対象がねえから実際はわかんねえけど。
 どれほどそうしていたのかはわからない。感覚が溶けたみたいに右も左も分からなくて、気持ちよくてふわふわしていた。はー、はー、と吐かれる息が熱くて朦朧とする。

「千空ちゃん」

 ゲンが名前を呼ぶ。どうやら、ようやく準備ができたらしい。
 ──長かった。本当に長かった。ひたすら焦らされて、ドロドロに溶かされて、昂った熱が発散できなくてチリチリと燻っている。それは、ゲンも同じだった。
 ゲンがそれまで纏っぱなしだった腰布を取り払う間、千空は蕩けきった目でゲンを見た。それが合図だった。

「いれるね」

 ゲンが千空の足を肩に抱え治してから、痛いくらいに勃ちきったそれを千空の穴に充てがう。少しずつ呑まれていったと思えば、きゅうと締め付けてくる。

「……ッきつ……ぅ」
「あぁっ……っあ、ふ、う」

 指なんかとは比べ物にならないくらいの質量が、自身の肉を割いて入り込んでくる。圧迫感と異物感が強くて、痛みよりも先に体が拒否反応を起こす。
 ──いやだ。そのまま入ってきて欲しい。

「せん、くうちゃ……、呼吸して、さっきみたいに」

 言われて、思い出す。さっき覚えておいてと言われたそれは、なるほど予習だったのか。千空は努めてゆっくり、深呼吸をした。吸って、吐いて、その合間に、ゲンは少しずつ侵入してくる。

「ぅ、あ、げん、ゲン、ん」
「……んっ、はぁ、バイヤー、気持ちよすぎる……」

 挿入を進めるゲンの顔は、陶酔しきっていた。欲情を隠さない、獣の目をしている。それもまた千空が初めて見る顔で、心が満たされていく。ああほらやっぱり、正常位でよかった。
 千空が手を伸ばすと、それに気づいたゲンは薄く微笑んで、自身の手と繋ぐ。しっかり繋いだまんまキスをした。千空ちゃん、やっぱりキス好きなんだなあ。
 お互いの舌は火傷するみたいに熱くて、もうどっちがどっちのものなのかわからない。口の端からこぼれる唾液もそのままに、必死に食らいついて、応じていく。

「あ、アッあ、はぁ……っ」
「……っく、ぅ」

 ゲンの頭に、警鐘が鳴っている。おかしくなりそう。挿入だけでもう出ちゃいそうで、危ない。今すぐ動きたい。擦り上げて、自分本位に腰を揺らせば絶対気持ちいい。頭に浮かぶそんな欲望をひとつひとつ潰して、奥へと進んでいく。

「ん、千空ちゃん。ぜんぶ、入ったよ」
「ぅ、そう、か」
「うん。頑張ったね。えらいね。ありがと」

 そう言いながら、ゲンは千空の髪を梳く。見た目とは想像もつかないほどふわふわで、それでいて案外さらさらしている。汗で額に張り付いた特徴的な前髪を退けて、涙の跡が残る瞼に口付けた。
 お互いもう逆上せそうで、やっぱり溺れているみたいだと思う。上手く息ができない、気がする。余すことなく甘やかされて、体の奥がむず痒い。なんだろうこの感じ。

「も、ちっと、うごかないでいてくれ」
「……こうしてるの、きもちい?」
「うん……」

 ゲンは自身の脳の回路が一本ずつショートしていく音を聞いた。俺のを受け入れてくれる千空ちゃんはあまりにもやらしくて、かわいくて、初心で、穢したくなる。目の奥が揺れている。世界が回っているみたいで、酩酊する。
 しばらく二人は無言でそうしていた。お互いの鼓動が激しくて、吐息は濃くて、どこもかしこも熱くて。千空は言い知れない満足感を得ていた。
 ──これが、そうか。
 あれだけ気持ちのいいキスの先には、どんなことが待っているんだろうと期待していた。唇に触れて、舌を合わせて、咥内を暴いて。そうやって深く繋がっていけば、どんどん足りなくなっていった。もっと知りたい、ゲンの奥まで。隠している仮面の下の、ずっと深くまで。いつだって、千空の行動原理の源は好奇心だった。
 そして今、こいつはやっと、文字通り丸裸になって俺を求めているというわけだ。ククク。

「そそる」
「えっ何が?」
「いや、なんでもねえ。わりぃ、待たせた」
「……もう動いて平気?」
「あ゛ぁ゛……」

 先ほどゲンが千空にしたように、今度は千空がゲンの髪を梳かしてやった。汗で張り付いている前髪を流すと、普段は見られないゲンの額が見える。多分俺は、普段は掴めないこいつの、見えない部分を探して暴くのが好きなのかもしれない。

「きてくれ、ゲン」

 千空の掠れた声がゲンの耳に届いた。必死に正気を保って耐えていた足場を、一気に崩された気分だった。
 ゲンがゆるゆると抜き差しを始めると、もう止まらない。どんどん抽送は早くなっていって、頭は何も考えられなくなる。

「あ゛っ、うぁ、あうっ」

 千空の嬌声が遠くの方で聞こえる。ズイマー、ジーマーでどうにかなっちゃったみたい。熱くて、すぐにでも蕩けそうで、感覚がおかしい。
 ゲンは抜き差しの中で、千空のいいところを探していく。

「ここ、だよね……っ千空ちゃんっ」
「あっ!? あ、や、ゲン、そこ、ぉ、だめ……っ」
「だめじゃないよね。さっきだっていいって言ってたじゃん……っ」
「あ、ぁ、まって、や゛っ」

 ──喘ぎ声が、我慢できない。
 我慢するなと言われたのだから、もちろん我慢しているつもりもなかったのだが、それにしたって勝手に声が漏れる。聞いたことも無い自分の声が、千空をさらに追い詰めていく。
 ゲンにそこを押される度に視界が明滅する。絶頂が近いのが分かっているのに、中だけでは上手くイけそうになくて辛かった。体を揺すられる度に、固くなった千空のそれが先走りを零して、可哀想なくらいに揺れている。

「千空ちゃん、かわいい……」
「あっ」

 この子の全部がかわいい。
 大切にしたい。大切にしたかった。でも繋がってしまえば、どんどん体が言うことを聞かなくなっていく。はあ、はあ、と獣みたいな息が聞こえて、自分の口から出ていることに正直引いた。ジーマーで、堪え性ないなあ、俺。
 千空が辛そうにしているので、彼の性器を掴んで、しゅっしゅっと上下に擦ると、ぎゅうっと中が締まった。

「あぁっ、ゲン、むりそれ、もう、」
「あは、同時にされるの、すき……? 気持ちい?」
「う、ん……っ」
「ねえ、中でいく感覚、覚えてね」
「あ゛ぁあ……っ」

 そうして、数度擦られた後に千空はびくびくと激しく体を揺らして達した。収縮される後孔の刺激によって、あえなくゲンも達する。ギリギリで引き抜いた自身の性器から、千空の腹にどくどくと吐精されて、それが酷く卑猥で。死ぬほど我慢した後の射精は死ぬほど気持ちよかった。
 ──でも、まだ足りない。
 一度点いてしまった火は消えるどころかどんどん燃え盛っていくみたい。酔いが醒めない。俺のもので汚された千空ちゃんは、口が閉じられないまま息をするのに必死で、それがまたさらに興奮を煽る。いつもの理知的な彼は今はもう、どこにもいないんだ。

「千空ちゃん」
「あ゛……?」
「メンゴ、まだ足りない。付き合ってくれる?」
「は……!? あってめ、なんでまたでかく、んん」

 抗議の声をかき消すように口付けをして、俺はもう一度千空ちゃんの中に入るため、吐き出した精液を自身のものに塗りつける。
 やさしくするんじゃなかったのかよ。千空の文句は、ゲンの熱い咥内へ溶けて消えた。



 ふ、と瞼が開いて、覚醒する。ああそうか俺、気を失っていたのか。

「……、っ!」

 体を起こそうとすれば、あちこちに激痛が走って呻いた。特に足の付け根。やべえ。そりゃ股関節開きっぱなしにしてたんだからこうなるわな。無茶な体勢を続けた腰も力が入らなくて、セックスってこうなるもんなのかと逆に感嘆した。

「はぁ……うお。驚かせんなよテメー」
「めんご……」

 千空が状況を確認しようとして隣を見れば、すぐ左隣にゲンの顔があった。なんだかしゅんとしている。

「あ、あー……いや声もやべえな。テメーマジで加減しろよ……」
「本当にすみませんでした……」
「いや、いい。謝んな。俺がしたいって言ったんだ」
「でも、大事にするって言ったのに。こんな、無茶させちゃって……うう、ごめん、抑えきかなくて」
「いいって言ってんだろ」

 お決まりの倒語をとってまで真剣に謝られると、逆に笑えてきてしまう。ゲンは項垂れた子犬みたいで、さっきまでヤってた相手とは思えなかった。子犬にするみたいに、動かすのも怠い手でなんとかその白黒頭を撫でてやる。

「あ゛ー……まあ、その。よかったから、本当に気にしてねえ。だからテメーも気にすんな」
「……ジーマーで……?」
「ジーマーだ。百億万点やるよ」

 涙目になるゲンに向けて、精一杯笑って答えた千空の顔には疲れが滲んでいた。けれどそんなことは気にならないくらい満足そうな目をしていたので、ゲンはさらに泣きそうになる。
 ──そっか。よかったって、思ってくれるんだ。
 心臓がぎゅっと掴まれているみたいだ。ずっとこの子に、掴まれ続けている。

「俺は、どんくらい寝てた?」
「そんなに経ってないよ。30分くらいじゃないかな。まだ寝てていいよ」
「テメーは、何してた」
「千空ちゃんの寝顔見てた」
「俺のこと大好きかよ……」
「大好きだもん」

 精根尽き果てたってこのことを言うんだろうな。体がもう全く動かない千空は、こりゃ明日の作業は休むしかねえな、代わりの人員は……とすぐに仕事のことを考え始める。
 ゲンはそんな千空を見て、体を拭く布を持って来ようとすると、腕を引かれて止められた。

「もうちっとここにいろ」
「えっあ、う、はい……」

 えーっ千空ちゃんさてはえっちの後はくっついて寝たいタイプとか!? なにそれゴイスーかわいすぎ! といった悲鳴を飲み込んで、ゲンはもう一度、おずおずと千空の横に寝転がった。
 ざっくり考え事の終わった千空は、ゲンの指をおもむろにとって、手遊びをするみたいに揉んだり、なぞったりしている。この指に弄ばれて、高められて、イかされたのか。そう思うと、なんだか感慨深かった。

「……テメー、俺の前で偽るの、もうやめろ」
「えー何の話? 嘘つきは俺のアイデンティティよ?」
「そうじゃねえ。素でいろ、腹ん中探るのがめんどくせえ」
「……素でいるつもり、なんだけどなあ」

 やわやわと、千空ちゃんに触られるその手つきは性的なものではなかったけど、千空ちゃんは離れ難いのかなあなんて思った。愛しさがどんどん込み上げてくる。うん、彼が寝るまでそばにいたい。

「千空ちゃん。好き、大好き。千空ちゃんの隣だと息がしやすいよ、俺。ジーマーでね。偽ってるつもりなんてない。あるとするなら、千空ちゃんが好きすぎて、暴走しそうで、隠してる。自分でもびっくりしてるんだよね、だから千空ちゃんはきっと引くよ? 暴かない方がいい」
「俺は、テメーのことが知りたい。全部を見せてもらわなきゃ気になっちまう。証明の最後だけ隠されてる気分だ」

 ゲンは、触られ続けていた指を千空のものに合わせて、握り返す。重なった掌から伝わる熱が愛しくて、苦しくなる。

「じゃあずっと探り続けててよ。それで、ずっと俺への興味を無くさないでいてね」
「……途方もねえ鬼ごっこだな。まあいい、こちとら3700年数えてんだからな、辛抱には慣れてる」
「わ〜千空ちゃんが言うとジーマーで説得力バツグンだねえ」

 くすくすと笑いあって、それからごく自然な流れで触れるだけのキスをした。多分これから先、追いかけっこは終わらなくて、それすら楽しいんだろうなと思うのだから、全く恋愛脳というやつはつくづく非合理的だ。
 キスをしてから、ゲンは千空の髪を優しく撫でる。こいつがしてくれるこれは結構、好きかもしれない。急速に眠気が襲ってきて欠伸をすると、眠っていいよと優しく声が降ってきた。
 まだ夜明けまで15000秒ある。俺はきっと、ゲンの夢を見るんだろうな。そう微睡んで、千空は瞼を閉じた。


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