617Patroclus


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無題

 ただいたしてるだけのSS。最中に感極まって泣くゲンが見たかったんです……


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ーー案外、痛くないもんなんだな。
 そう思いながら閉じた瞼を開くのと、頬にぬるい感覚を覚えたのは同時だった。

「……?」

 それが眼前の男の涙だってことは、すぐにわかった。なぜなら彼はーーゲンは。それを隠そうともしていなかったからだ。陶酔したかのようにとろけた瞳からとめどなく落ちてくるそれに、男は気づいていないようだった。

「……テメー、何泣いてんだよ」
「え? あれ……ほんとだ」

 やっぱり気づいてなかったか。ゲンは自分の目元に手を当てて、静かに動揺している。その間にもぽたりぽたりと落ちる雫は、俺の柔らかくもない肌に沈んでいった。

「痛いか。……良くない、か?」
「そそそそんなわけないじゃんッ! ゴイスー気持ちいいよ!」

 だろうな。それは顔見ればわかる。冗談のつもりでからかってみたのだがまあ、そんなことを言ってしまえばこの男は調子に乗るので、そうかよ、とわざと短く答えるだけにしておいた。

「メンゴね。ちょっと……多分、感動しちゃって」
「感動?」
「俺と千空ちゃんが、こうしてることに」
「何を今更」
「今更なんかじゃないよ。いつだって感動してる。奇跡だよこんなの」

 そう言って、ゲンは俺を抱きしめるように被さってきた。その動きで中を刺激されて、声にもならないような、息を詰めた音が喉奥から鳴る。
 心臓がうるさい。全身が火照っていて、熱が溜まっているのにどうにも頭だけは冷静で、ちぐはぐで。まるで体と心が分離しているみたいだった。ゲンのことしか考えられないのに、ゲンのことならなんだって、どんな些細な動きにだって反応できる自信があって、それをぼんやり俯瞰している。変な感覚だなこれは。

「あの、石神千空の心音を。一番近くで聞いてんのよ、俺。バイヤーすぎでしょ」
「やっぱ意味わかんねえな。そんで気持ち悪ぃ」
「相変わらずドイヒーな言い草だねえ」

 ゲンは俺の胸の上で困ったように笑った。もう泣いていないなと安心して、彼のひび割れた頬に手を伸ばす。その線をゆっくりなぞっていくうちに、ああ俺は今、確かに安心したのだと自覚した。
 あさぎりゲンは涙を見せない。彼はいつだって自分の魅せ方を知っている。だから、自分との行為が原因でそうさせたことが不安だったし、同時に何故だか少しだけ嬉しかった。

「おい。動かねえのかよ」
「えー? 動いて欲しい?」
「テメーは辛くねえのかって話だ」
「もー、こんな状況になっても俺の心配? いいんだよ俺のことは。それより今は、少しでも長く千空ちゃんを感じていたいというか」
「そういうもんか」
「そういうもんよ。安心するでしょ? 人肌って」

 確かに、自分じゃない人間の体温がこんな近くにあることなんてそうない。ゲンは俺の骨ばった体に触れて、キスをして、たまに舐めたりなんかして。そのくすぐったさが身体の熱を増幅させる。確かに気持ちいいのかも、しれない。
 手持ち無沙汰になった俺は、眼下にあったゲンの白黒の髪を撫でて、たまに掻き混ぜてやったりした。想像通り手触りはよく、自分のとは大違いだななんてぼんやり思っていた。頭皮、こめかみ、耳元と手を動かして、長い方の髪を耳にかけてやると真っ赤になった彼の顔が良く見える。指先に伝わる熱が心地よかったけれど、それをどうすればいいのかわからなかった。

「かわいいこと、するね」
「そんなつもりはねえ」
「そういうとこよ」

 セックスなんて挿れて出して終わり。そう思っていた。それが全てではないと教えてくれたのはゲンで、確かにこれはコミュニケーションのひとつなのだと説かれてしまえば納得せざるを得なかった。それだけ、彼と心を開き合う行為がただ純粋に楽しくて温かくて、非合理だと後回しにしてきた感情が人類にとって必要なものだったのだと知る。俺は確かに、この時間が好きだ。絶対にコイツには言ってやらねえけど。
 だんだんと、さっき散々慣らされたその場所が物足りなくなっていくのを感じて、ちらりとゲンの様子を伺えば、彼はこちらを見て「ん?」とにっこり笑った。

「ん、じゃねえ」
「じゃあどうしたの?」

 さっきまでしおらしく泣いていた男はどこへ行ったのか。その悪い顔をした男にはもちろんのこと、一瞬で彼の思惑に気づいてしまった自分にさえ呆れてしまった。
 ゲンは俺の芯を持ち始めた乳首をちろちろと舐めながら、もう一度どうしたの? と聞いてくる。それがもどかしくて、体の熱はだんだんと腰に集中していく。

「千空ちゃん」
「っあ」

 かり、と歯を立てられてしまえばダメだった。快感を確かに感じ取ったそこはしっかりと勃ってしまい、顔が熱くなるのがわかる。漏れた声に気を良くしたゲンは、そのまま甘噛みを続けていく。

「ぅ、んん」
「千空ちゃん、声出していいよ。誰も聞いてないよ」
「は、っやだ……」
「でも声出した方が気持ちいいよ?」

 じゅ、と音を立てて吸われて、ひときわ大きく体を揺らす。こんな場所で感じてしまうことになるなんて、想像もしていなかった。

「ひぁ」
「……っ、千、くちゃん、ゆるめて」

 今度は胸元に、ぽたりと雫が落ちてきた感触があった。また泣いているのかと顔を覗いて、それは涙じゃなくて汗だったことを理解したけれど、それよりもその、普段のゲンからは想像できないような険しい表情に興奮して、思わず喉を鳴らしてしまった。
 ーーこいつ、こんな顔もすんだな。
 俺が泣かせて、俺がゲンをこんなふうにしたのだと思うと気分がいい。自分がこのメンタリストの心の平衡を狂わせているのだと思うとたまらなくなる。やっぱり非合理なこの感情には、ついていけねえな。
 正直声を我慢する余裕なんてもうなかったけど、意識して後ろに力を入れると、ゲンの悲鳴みたいな声が聞こえた。

「せん、くうちゃん、っホントにもう、バイヤーだからさぁ」
「じゃあ、動け、よ、ほら」

 言ってやったぞ、と目を細めれば彼の質量を感じる。あ、と鼻にかかったような甘ったるい声が聞こえて、半拍遅れて自分の声だったことに気づいた。

「もぉー! なんか負けた気分なんだけど!?」
「おーおーそりゃおかわいそうだな」

 わざと軽口を叩いてみても、お互いもう我慢の限界だった。ゲンが俺の耳元で内緒話をするみたいに、動くよ? と囁いて、返事をするよりも早く体が震える。ゲンはふ、と安心したように笑って、俺の足を持ち上げた。

「っあ、ぁ、っは」
「っホント、気持ちい、千空ちゃん」

 自分の意志とは関係なく、ゲンの抽挿に合わせて断片的な声が漏れる。体が言うことを聞かずに、全てを快楽として受け取ろうとし始める。自分でも知らないような弱いところを当てられて腰が大きく跳ねた。

「あ゛っ! や、ゲン!」
「あは、ここ、だよね。千空ちゃんの、気持ちいとこ」
「やめ、っぁ、ああ!」

 器用な男とは知っていたけども、揺すられるような刺激と、突かれる刺激が交互にやってきてもう気をやりそうだった。口の端から涎が垂れるのを、気にする余裕がもうない。掴んだシーツがわりの薄っぺらい布が皺を深くする。生理的に浮かんだ涙が頬を伝って、染みを作っていく。

「っああ、もったいない」

 そう言ってゲンは瞼を舐めてきた。もったいないって、なんだそれ。

「ジーマーで、もったいないよ、千空ちゃん」

 彼は続けるが、それはもうほとんどうわ言だった。

「なにが、だよ」
「俺にはね、もったいない」
「だから、」

 何が、って続ける前に、唇を奪われる。
 隙間も許さないような深くて長いキスは、激しくはないけどただじっとりと、舐るように味わうように絡め合いながら、俺の事を両手で求めてくるゲンそのものみたいだった。だんだんと、俯瞰していた自分が溶けていく。頭が何も考えられなくなっていく。

「千空ちゃん、もう、俺いきそ、っ」
「ん…っ」

 目の奥がちかちかして、絶頂が近い。体力的にも限界で、こくこくと馬鹿みたいに頷くことしかできず、激しい揺さぶりのあとに俺は達した。収縮される刺激に甘い息を吐いたゲンも続いて、俺の腹に吐精する。
 整わない息を落ち着かせると、二人して布団の上に倒れ込んだ。やけに頭は冴えているのに、体は眠気と怠さに勝てなくなっていく。

「……中に出してもよかったのに」
「うわわわとんでもないこと言わないで!!!」
「それこそなんか、もったいねえだろ」
「ヒッ」

 寸前で外に出されたのが寂しくて、手遊びをするように腹を撫でる。自分の出した白濁と混ぜ合わせていたら、物凄い形相のゲンに「それ以上はジーマーで勘弁してください」と泣きそうな顔で止められた。意味はわからなかったけど、俺のことで一喜一憂している様子はやはり愉快で喉奥から笑いが漏れる。

「……ねみい」
「寝ていいよ。あとはやっておくから」
「あ゛ぁ、悪ぃ」

 目を閉じればすぐに眠れそうだったけど、脱力してしばらくすれば、甲斐甲斐しいゲンが覆い被さるように抱き締めてきた。

「……大好き、千空ちゃん」

 ……重えんだよ、テメーは。そう言おうかも迷ったけど、瞼を持ち上げる気力すらもなく諦めた。けれどその体温はやっぱり心地よくて、俺も大概だな、なんて思えば一瞬で意識が沈んでいった。

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