act.3 (3/4)


デジタルワールド。携帯の中から聞こえていた女の人の声はそう言っていた。
そこは、パソコンやゲーム、所謂データの中の世界。そしてそこにはデジタルモンスターというのが住んでいるらしい。
結衣達を乗せた電車はとある駅に着くとぴたりと漸く止まった。子ども達は扉の前で立ち尽くす。デジタルワールドというくらいだからデジタルな世界のイメージで想像できるのは0と1の羅列の世界。しかし目の前に広がる光景は木々の多い自然が見られ、この駅も自分達の知っている駅とよく似ている。

『ここが…デジタルワールド?』
「みたいだな、」

結衣が独り言のように呟けば聞こえていたであろう拓也がそれに応える。扉の前にはこれまた奇妙な形をしたぬいぐるみのウサギみたいな生き物。目付きも悪く挙句の果てには「人間だ」と喋り始める始末だ。
本当に、生き物だった。自分より小さな生き物ではあるが、ここまで饒舌に喋れるとなると流石に気味が悪く感じ更にこれだけではない、あちこちからやって来て次々と増えてくるじゃないか。誰一人と、電車から降りようとせずにその光景に呆然と立ち尽くしていれば、中から強い風が吹き5人を一気に外に押し出した。

「いつまでも乗ってるんじゃないぞぉ〜」
「げげぇ、電車が喋った…」
「電車じゃないぞ〜、トレイルモンのワームだぞォ。
ここは炎のターミナル。デジモン達の町だぞォ」
『デジモンの、町…?』

デジモンとは一体…?先ほどからデジタルワールドだったり、この妙な生き物だったりと現実味離れした光景や単語に早くもキャパオーバーを感じられた。思考が早くも追いつかない中、目の前にいる生き物達は珍しい物を見るかのように子ども達の周りを囲んできた。
子ども達は反射的に後退るが、もうスペースもなく、ほぼ身動きが取れない状態となってしまった。

「や、やばいぜ…こりゃ…!」
「う、うわああ!帰りたいよぉ!パパぁ!ママぁ!!」

逃げる道を塞がれ、電車に乗り込みたいもののこの電車が生きていると理解した所で再度乗り込みたいとは思えない。絶対絶命の状態で友樹が先に耐え切れず、先ほどよりも酷く悲しみ、それ以上の恐怖に声を荒げながら大泣きをしてしまう。何とかしなくては、そう思う物の下手に前へと飛び出す事も出来ず、結衣は友樹の手を握る事しかできなかった。
そんな子ども達の状態を知ってか知らずか、今まで背後で止まっていたトレイルモンのワームが先ほどまで通って来た道のりを線路に沿いながらバックをし動き始める、と同時に子ども達へと帰る為の条件を出してきた。

「そんなに帰りたければスピリットを手に入れる事だぞォ〜」
「スピリット…?そ、それって何?どこにあるの!?」
「お、おい!答えろよ!」
「答えてよぉ!」

スピリット。彼はまた訳の分からない単語を子ども達に残し、子ども達の投げかける疑問にそれ以上何も言わずただ黙ってこちらの様子を見ながら走り去ってしまった。

「やだぁぁああ!!帰るんだぁ!!」
「っあ、おい!」
『どこに行くの友樹君!』
「帰るんだよ!!」

呆然とワームが走り去るのを眺めていれば、不意に結衣の手を離し一人で走り去ってしまう友樹。慌てて拓也と結衣が止めようと後を追うが、彼の足は先程ワームが通ってきたであろう線路の上を沿いながら家に帰ろうとしているのだろう。速足ながらも地面がなくなってくると慎重に線路を渡っている。しかし、そこで情けなくも拓也と結衣の足は止まってしまった。

「友樹!止まるんだ!」

これ以上進んでしまうと本当に危ない。底が見えない程に穴の開いた地面。ここを渡り切っても車内で感じた揺れを思い出してしまえば、普通の線路ではないという事が察する事が出来る。だからこそ友樹に向けて声を上げるが、聞こえているのか聞こえていないのか、友樹は未だに止まろうとしない。そんな友樹に痺れを切らしたのか、もう一度友樹に向かって拓也が叫んだ。

「…ッ!

そんなに帰りたいんだったら、俺が帰してやる!!」
『!』

その声はしっかりと友樹の耳に届いたのか、友樹は歩くのを止めその場に留まる。あまりの宣言に結衣も目を見開かせ静かに拓也へと視線を送る。その場しのぎの言葉だったかもしれない。しかし、拓也の目は真剣その物であり、その言葉に嘘偽りなんて無いように思えた。
そして今の友樹にとっては心強い言葉だったのだろう、進むのを止めた友樹を見て安心したように安堵の息を漏らした。

「トレイルモンとかが言ってたろ!スピリットってやつを探せば帰れるって!」

そんなに帰りたかったらスピリットを探す事。訳の分からない世界に取り残された、それが自分達にとって唯一の帰る手がかりとなっていた。それを思い出したように友樹はハッと顔を上げ拓也の方へ「ホントに?」と振り向き再度確認。

だが、次の瞬間強い風が友樹を襲い細い線路の上に立っていた友樹がバランスを崩してしまった。

「友樹!」
「だ、大丈夫!」
『よ、良かった…!友樹君!今行くからね!』
「大丈夫なのか?」
『うん、高い所は大丈夫だから』

友樹は案の定線路にしがみ付いて何とか落ちずにいる。だが、先ほどの強い風がまた吹かないとは限らない。あの強雨風が吹いてしまったら今度こそ友樹は危ない。子どもの握力にも限界がある。線路へと一歩踏み出すと拓也が心配の声をかけるが、結衣は振り返らずどんどん前へと進んでいく。もう少し、もう少しで友樹の元へと辿り着く。
友樹の顔がようやく救いの目に変わった、その時だった――…

ドォーンッッ!!

横から爆発音と見た事のないくらい色鮮やかな緑色の炎の渦がどこからともなく燃え上がる。緑色の炎の噴出に思わず唖然としていると、先程まで見えていた建物が消え始め、その炎の中からまた妙な生き物が二匹。
腹巻きを巻いたデジモンと、黄色い猫のような見た目で二足歩行する生き物が拓也に助けを求めんばかりに飛びついていった。

「ハラ?人間じゃい」
「人間?」

この世界での人間はかなり珍しいのか先程のウサギみたいなデジモンといい、この腹巻をしたデジモンは虫眼鏡でもう一人のデジモンに人間の事を話す。
その様子に呆気に取られるも、直ぐに我に返った結衣は直ぐに友樹の傍まで足を運ぶ事が出来た。

『友樹君、大丈夫?』
「結衣さん…!」

結衣は何とかしがみついている友樹を安心させようとなるべく優しく声を掛け、自分の持てる力で彼を線路の上まで引き上げる。友樹も結衣は大丈夫と分かったのか、直ぐにそれを受け入れ素直に彼女の後ろに隠れ、確りと手を掴む。元に戻りたい気持ちはあるが、燃え盛るあの炎には近付いてはいけないと、何となく察した。しかし、いつまでも線路の上にいる訳にもいかない。戻るしかない今、結衣は重い足取りで今来た道を引き返そうとした。
だが、

「スピリットはどこだ?」

『え…、何…あれ…』

聞こえてきた野太い声。子ども達の誰かの声ではない。聞こえてきた声の方へと視線を送れば、そこにはまた異様な生き物が佇んでいた。身近な生物で例えるのなら大型犬か狼のような佇まい。その生き物もまたこの世界であるデジモンという物だろう。しかしその妙に殺気立つ雰囲気は、トレイルモンやあの拓也にしがみ付いているデジモンともまた違う。近づいてはいけない、脳が警告し進もうとしていた足が後ずさった。怖いと感じているのか、ギュッと友樹もまた結衣の腕を強く握りしめる。
怖がってはダメだ、ふるっと首を振ると友樹に安心させるよう、いつも弟にやっているように帽子越しに頭を撫でた。

「し、知らんと言っとるじゃろうがい!!」
「言ってる〜」
「嘘をつくな!この町は伝説のスピリットの匂いがプンプンするぞ!」
「伝説の、スピリット!?」

拓也の影に隠れながら黒い狼のデジモン――ケルベロモンに抗議をするも、拓也がスピリットという単語に反応を示してしまい、二匹のデジモンは思わず苦笑い。それをあのケルベロモンが見逃してくれる筈もなく、やはりこの町にスピリットはあるのだと確証したケルベロモンは笑みを更に歪めた。

「やっぱり知っていやがったのか…“ヘルファイアー!”」

再び緑色の炎が放出される。先ほど駅の一部を消したあの炎はあのデジモンによる物だったのかと嫌でも察する事が出来てしまった。危ない、そう声を上げたかったにも関わらず怖気づいてしまい言葉を発する事がないまま。その炎に包まれてしまったであろう拓也。彼の安全確認が出来ない。ひゅっと、息を漏らし冷や汗をかいた。
どうか、無事でありますように…そう思った瞬間、僅かに炎の中からあのデジモンの声と拓也の声が響いてきて次には線路の上へと非難してきた。

『拓也君!』
「拓也お兄ちゃん!」

もちろんあのデジモン2匹と一緒に。
どうやら間一髪炎の中から逃れる事が出来たらしく、彼の無事そうな姿に安堵の息を吐いて、友樹と顔を合わせて微笑む。

「結衣!友樹!」
「拓也お兄ちゃん!」
『拓也君!』
「ケルベロモンの奴め!ここのデジコードを食い尽くすつもりか!」

つい先程までそこにあった陸地が次第にコードのような模様を浮かばせていき、やがてケルベロモンの口の中へと吸収されていく。デジコードというのも理解しがたいが、どうやらこの地形自体がそのデジコードという物で出来ており、デジモン達はその上で暮らしている、という事だろう。線路を支えていた陸地は吸収されていきその線路の上に立っていた結衣達は顔を青ざめる。それはつまり、そういう事である―――。
やがて重さに耐え切れなくなってしまった線路は重力に従って段々と下っていく。

『落ちる…!』

「拓也!」
「友樹!結衣!」

純平や泉もまた心配そうに崖まで近寄り名前を呼ぶも、生憎線路は泉たちの方に伸びていない。助けようにもどうにも出来ない状況である。
何も出来ないまま、結衣達はただ重力に従って落ちていった。




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